SOHNの最新アルバム『RENNEN』を聴きながら。
一昨日から一緒に過ごすことの多い、SOHNのニュー・アルバム『RENNEN』。1月13日発売のアルバムを一足先に聴かせていただいている。
SOHNと書いてソンと読む。
漢字にすると「村」だろうか、「損」だろうか……と、あれこれ考えていたが、過去に2度インタビューした時の印象から、きっと彼なら「存」、もしくは「尊」を選びそうだ。そんなことを思いながら歩いていたら、和菓子屋さんの前を通り、「イチゴ大福」と書いたのぼり旗が目に入った。
話は脱線するが、「大福」というとオマーを思い出す。イギリスで80年代後半から一世を風靡したアシッド・ジャズ・ムーヴメントの中で、彼は大人気を博したジャイルス・ピーターソンのレーベル《Talkin’ Loud》から登場した、UKソウルを代表するシンガー・ソングライターだ。スティーヴィー・ワンダーも絶賛したほど世界的に注目され、私も大好きで何度も取材していた。
ある日、取材が終わった後に、彼が「漢字で入れたんだ」と嬉しそうにタトゥーの話をはじめた。祖父が中国人ということもあって漢字にしたのだろうし、ちょうど海外で漢字のTシャツが流行りだしていた時期でもあった。オマーの本名はオマー・クリストファー・ライ-フック(Omar Christopher Lye-Fook)。ライフックにちなんで「来福」と入れたのかと思い、彫ったという首を見せてもらったところ……、彫られていた文字は「大福」。なんと、お饅頭になっている!!! その時のオマー自身もややふっくらしていたが、でも“来たる福”よりは、“大きな福”が身に刻まれている方がいい。談笑しながら、そんな話をしたことを思い出した。新年を迎えたことだし、あとで縁起の良いオマーを久しぶりに聴いてみよう。(以下の写真はオマーのHPより)
さて、ソンは以前、MUSIC SKETCHのコラムにインタビューを掲載したように、“しがらみから切り離されたかったから”と、あまり自分の背景を語りたがらない。当時は故郷サウスロンドンを離れてウィーンに住み、本名も明かさず、過去を拒絶しているように思えた。
photo by by Phil Knott
デビュー・アルバム『Tremors(トレマーズ)』(2014年)での実験精神旺盛で気持ちを前へ向かわせるようなリズミックな音遣いに対し、最新アルバムとなる2作目の『RENNEN(レネン)』は、彼を印象づける音色となったRoland Jupitor-8(アナログ・シンセサイザー)からのサウンドスケープや、リムショット(ドラムの淵を叩く音)的な響きは存在するものの、極めて音の種類を絞り、歌のメロディはもちろんのこと、それぞれ役割を任せた各楽器のフレーズを際立たせているように感じた。
「Signal」は、ミラ・ジョボビッチが初監督&主演を務めたことでも話題に
特筆すべきはアルバムタイトルとなった曲「Rennen」で、寄せてはかえす海波のようなピアノの旋律と、夜風のようなヴォーカルラインとハーモニー、その間でそよぐストリングスの調べといった、3つの要素だけで構成されている。その美しさといったら! 続いて、走っているような、もしくは脈打つようなビートから始まる曲「Falling」は、パーカッシヴなサウンドと、ヴォーカル、鍵盤楽器のみで演じられ、知的かつエモーショナルに構築された音の渦の中で執拗に繰り返される“Falling”のフレーズに、まさに落ちてしまいそうになる。気に入った曲に出逢うと平気で30回も50回目もリピートして浸ってしまう私にはツボすぎる曲だ。
『RENNEN(レネン)』とは、ソンにとっての第2言語となったドイツ語で“走る”という意味。前作で名を成した彼は、リアーナやバンクス、ライなどとの共作や楽曲提供、ラナ・デル・レイやディスクロージャー、ザ・ウィークエンドとのリミックスをはじめとしたコラボレーションでも活躍。レーベルの資料によれば、『Tremors』からの2年の間に彼は恋に落ち、結婚し、自分が父親になるとわかった気持ちも、このアルバムに反映されているという。現在はロサンゼルスに住んでいて、本名もクリストファー・テイラーと公表されている。
次回日本に来る時には、新たな彼に出会えそうだ。
書き終えて気づいたけれど、ソンもオマーもクリストファーさんなのね。
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