フィガロが選ぶ、今月の5冊 雪舟えまが描き出す、めぐりあうふたりの物語。

Culture 2017.03.18

『恋シタイヨウ系』

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雪舟えま著 中央公論新社刊 ¥1,836

 バスに乗ると、ふたりは、子どもにかえったように窓を開けて、競って風を浴びようとする。なぜなら、そこは地球ではないから。緑と楯は、月に移住したばかり。風に舞い上がる前髪の心地よさは、彼らが生きている実感と結びついている。月という、いかにもSF的な空間なのに、日常的でささやかなディテールに、彼らの幸福感を託してみせる。こういうところに、歌人でもあるこの作家の独特のセンスを感じる。
 ちなみに緑と楯のふたりは『緑と楯/楯と緑』、『幸せになりやがれ』、『プラトニック・プラネッツ』にも登場。「繰り返し描かれてきた」と書くべきか、ちょっと迷うのは、雪舟えまの描く物語の単位は、基本的にいつも「ふたり」だから。緑と楯は、何度でも生まれ変わってはめぐりあう、ふたつの魂のことでもある。設定は一応、男同士だけれど、それさえもニュートラル。『恋シタイヨウ系』には、太陽系の惑星を舞台にした9つの短編が収録されているけれど、これまでの集大成と言ってもいいのではないか。同時期に筑摩書房から刊行された『凍土二人行黒スープ付き』とも、リンクしている。
 水星では、大人をロリイチカと呼ぶ。お茶は、澄んだ水色をしている。熱くもなく、冷たくもなく、のどから腹の底までを、ひと息に清らかにする澄んだ味わい。つくりごとめいているようで、決してそうではないと感じられるのは、そこに切実な希求があるから。儚くて美しいこと、永遠に変わらないこと、雪舟えまの小説の成分は、少女のころに夢見た願いごとでできている。言葉に結晶した、その圧倒的な純度の高さ。物語はノスタルジーとも違う、狂おしさで、すべては愛に向かっているという確信へと突き進む。短編の冒頭に短歌がある。「この星にくる人は皆おもしろく愛が発生する音はポン」。一度ハマると抜け出せない雪舟ワールドの魅力を、ぜひ。

文/瀧 晴巳(フリーライター)

インタビュー、書評を中心に執筆。上橋菜穂子との共著『物語ること、生
きること』ほか多数の語りおろしの構成も手がける。新刊に『どこじゃ?
かぶきねこさがし かぶきがわかるさがしもの絵本』(ともに講談社刊)。

*「フィガロジャポン」2017年4月号より抜粋

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