祖国で映画作りを禁じられた名匠の新作『人生タクシー』。

Culture 2017.04.14

渦中の人でも、映画を撮る=生きることの"喜び"を選ぶ強さ。
『人生タクシー』

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イラン当局に映画作りを禁じられた名匠パナヒが、自らタクシー運転手と化して街を流すうち、相乗りの愉快な客たちが同時多発的に事件を引き起こす。気骨と微笑みにあふれて融通無碍。 ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。

 祖国イランで映画監督禁止令を受けているジャファル・パナヒの最新作は、全編タクシーの車内で撮影されている。ダッシュボードに置かれた防犯用のカメラは、入れ替わる乗客を映し出し、彼らの会話や姿は現在のイランを見せてくれる。車内のみの世界は監視されている立場から着想した面白いアイデアで、それを最大限活かしきった手腕は素晴らしい。カメラはタクシーから出ないが、物語の広がりはそこに縛られることがない。だが、この作品の素晴らしさは手法だけに留まらない。
 監督の勇気ある反抗は讃えられるし、不服をユーモアで包む在り方も洒落ている。だが、僕の心に真に迫ったのは映画への愛情、その大きさだった。「映画こそが私の表現であり、人生の意味だ。芸術としての映画は私の第一の任務だ。だから私はどんな状況でも 映画を作り続け、そうすることで敬意を表明し、生きている実感を得るのだ」。パナヒさんの言葉は、シンプルで骨がある。映画を作ることで敬意を表明する。映画を作ることで映画への愛を表明している。僕が感動したのは、まさにここで、怒りをユーモアに包み気の利いた手法で撮る、というだけだったら、なるほどと腕を組むだけだったろうが、映画を撮ることでしか生きられない、と言い切る映画愛の深さに一つを選んで生きることの単純な強さを見て感動した。作品の中でのパナヒ監督の穏やかな笑みは余裕のある反抗というよりも、映画が撮れて楽しくて仕方ないという喜びに見える。人は誰でもそういう喜びを選ぶことができるはずだ。その可能性に思いを馳せながら、しばらくタクシーから降りずにいた。

文/藤代冥砂(写真家)

1999年、世界1周の旅の集成『ライド・ライド・ライド』(スイッチパブリッシング刊)でデビュー。代表作『もう、家に帰ろう』 (ロッキングオン刊)ほか写真集多数。作家活動も見逃せない。
『人生タクシー』
監督・脚本・出演/ジャファル・パナヒ
2015年 、イラン映画 82分
配給/シンカ
4月15日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
http://jinsei-taxi.jp

*「フィガロジャポン」2017年5月号より抜粋

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