フィガロが選ぶ、今月の5冊 心理学者一家の愛と崩壊、そして赦しの物語。

Culture 2017.04.26

『私たちが姉妹だったころ』

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カレン・ジョイ・ファウラー著 矢倉尚子訳 白水社刊 ¥3,240

 10年あまり前、ファウラーの名を日本に知らしめたのは、『ジェイン・オースティンの読書会』という小説でした。作家の愛好者が読書会を開くうち、そのサークル内でもオースティンばりの出来事が起きるという、人間関係の機微を見 事にとらえた名作です。  さて、最新の邦訳書はある家族の物語。語り手の女性ローズマリーには、年の離れた兄と双子の姉ファーンがおり、幸福な幼年時代 を過ごしていました。ところが、彼女が5歳の時に、姉が突然、姿を消してしまう。それから7年後、今度は高校生の兄が家出。物語は、姉がいなくなってから17年を経た時点から、淡々と語られていきます。「あたしファーンがこわいの」。ある日、ローズが漏らしたこの一言がふたりを引き裂いたのでしょうか? 本の4分の1を過ぎたあたりで、読者は驚くべき事実を知らされます――それを伏せたまま書評するのがいかに難しいか! 少しだけ書くと、この双子は学者の父によって、ある実験に使われていたのです。そう、言語実験のようなものです。実際、この子育て法は1930年代にアメリカで考案されたもので、実践者が多く現れ、ローズたちと似た経験をした家族も多々あるそうです。
 ファーンを失ったローズは幼稚園に入りますが溶け込めません。母からは、「まっすぐ立つ」「絶対に絶対に人を噛んではいけない」などときつく戒められますが......。
 この小説が問うのは、「科学も一種の宗教」なのか? ということがひとつ。宗教は信じる者を救いますが、信じない者にとっては狂気に映ることもあるでしょう。それから、「暴力と他者への共感」「赦し」という問題も深く描 かれています。こんな「悲劇を燃料にして、世界は回っている」という兄の怒りや、「だれもが世界を変えようと思うが、だれも自分自身を変えようとは思わない」というトルストイの言葉が胸に響く秀作です。

文/鴻巣友季子 翻訳家、エッセイスト

東京都生まれ。代表作に『嵐が丘』、『風と共に去りぬ』(ともに新潮社刊)の新訳、昨年はJ・M・クッツェー『イエスの幼子時代』(早川書房刊)などを翻訳。中公文庫の『孕むことば』ほか、エッセイも多数。

*「フィガロジャポン」2017年5月号より抜粋

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