立田敦子のカンヌ映画祭レポート2017 #09 プラダ財団提供、鬼才イニャリトゥのVRインスタレーションを体験!

Culture 2017.05.28

今年のオフィシャルプログラムの中でもひと際目を引いたのが、メキシコ出身のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の国境をテーマにしたVRインスタレーション『Carne Y Arena (Virtually Present, Physically in Visible)』です。これは、プラダ財団とイニャリトゥのコラボによって実現したエキシビション。6月7日からはミラノで公開、その後ロサンゼルスでも公開が予定されており、そのプレオープニングとして、カンヌ映画祭の期間中5月17日から28日まで、特設会場で公開されています。

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©French Association of the International Film Festival

イニャリトゥといえば、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2015年)で、アカデミー賞作品賞を受賞しているオスカー監督。カンヌ映画祭とも所縁が深く、2000年には初監督作の『アモーレス・ペロス』(02年日本公開)が、「批評家週間」でグランプリを受賞。2006年には、後に菊地凛子がアカデミー賞助演女優賞にノミネートされることになる『バベル』(07年日本公開)で、監督賞を受賞しています。撮影を担当しているエマニュエル・ルベツキも、メキシコを代表する撮影監督。これまでに7度アカデミー賞にノミネートされており、『ゼロ・グラビティ』(13年)、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(15年)、『レヴェナント 蘇りし者』(
16年)と、連続でアカデミー賞を受賞するという快挙を成し遂げています。

しかしながら、上映プログラムにVRインスタレーションはまったく組み込まれていません。一体どこで、いつ見られるのでしょうか? 広報に問い合わせてみると、さらに問い合わせ先を教えてくれました。メールを送ると返ってきたデジタルインビテーションから、空いている時間帯を予約。ようやく、予約確認のメールが注意書きとともに送られてきました。実はこの作品、1時間に3名しか体験できないというもの。映画祭の会場から約20分かけて、小型機専用の空港に特設された会場まで移動しなければなりません。会場までは、送迎用のオフィシャルカーが用意されています。VR作品自体は6分30秒という短いものなのですが、送迎時間も含めると、所要時間は1時間30分となります。

※ここからは、このVRインスタレーションの体験記となるため、これから体験を考えていて内容を知りたくないという方は、ご注意ください。

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受付でチェックインし、オフィシャルカーで向かうと、噂で聞いていた通りの、飛行機の格納庫を改装した会場がお目見え。

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外観は格納庫そのままで、案内の表示すら出ていません。バトラーのような黒服の男性が立っていなければ、そこでエキジビションが開催されているとは信じられない雰囲気。
中に入るとテーブルと椅子が置かれており、スナックやフルーツをつまみながら順番を待つように誘導されます。壁に展示されているイニャリトゥの案内や会場の模型を見ながら待っていると、スタッフの女性が登場。

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「これからVRを体験していただきますが、もし途中でもう観たくないと思ったり、気分が悪くなったりしたら、我慢せずにすぐに止めていただいて結構です」と、のこと。「えっ、そんなに怖いんですか?」と聞き返すと、「……怖いというわけではありませんが、人によっては心地の良いものではないかもしれません」と言われました。メキシコの国境をテーマにしていることでの配慮でしょうか。それにしても、格納庫内にずっと響き渡っている轟音だけで、不穏な気配を感じてしまいます。ほどなくして、「バッグもスマホもお預かりします。中に入ったら指示に従ってください。では行ってらっしゃいませ」と、送り出されました。「ひとりで行くのですか?」と聞き返すと、「そうです。ではお楽しみください」とのこと。

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非常に不安ですが、何の変哲もない普通のドアを開いて中へ。2畳ほどの空間には、埃だらけのボロボロの靴が転がっています。それも作品の一部だと気がつくのに、暫し時間がかかりました。「靴と靴下を脱いでロッカーに入れてください。ランプが点滅したらドアを開けて中に入ってください」という表示に従ってドアを開けると、だだっ広い真っ暗な空間が広がり、床には砂が敷き詰められています。遠くにスタッフらしき男女の人影が見えたので近寄ると、天井から伸びているケーブルに繋がったリュックサックを背負わされました。「自由に歩き回って結構ですが、壁に近づき過ぎた時には、私たちが背中から装置を引っ張って合図します」と注意を受けつつ、
VRゴーグルとヘッドセットを装着。真っ暗だった目の前に、メキシコと米国の国境らしき砂漠地帯が広がりました。渇いた風が吹き、草が揺れ、粗い砂埃が舞い、スペイン語で話す移民らしき人々の群れがどんどん迫ってきます。遠くから警備隊らしき車の群れが、けたたましいサイレンとともに近づいてきました。うっかりしていると、身体を巨大な車が通過してしまいます。空からはヘリコプターが轟音とともにやってきて、目の前では機関銃を持った警備隊が移民たちを制圧……。ものすごい臨場感です。

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©French Association of the International Film Festival

目の前で起こっていることをどのように捉えたらいいのか、他人ごととして「観る」のではなく、個人的な「体験」を分かち合うこと。イニャリトゥのいうエモーショナルな体験とは、まさにこのことでしょう。VR体験が終わると、砂で汚れた足を拭き、ロッカーから靴を取り出して、受付へと戻ります。約20分間の行程でしたが、とても遠いところへ旅立っていた気がしました。

現在、あらゆるメジャースタジオもVR映画の開発を進めている真っ最中。3月に訪れたオースティンの映画祭「サウス・バイ・サウスウエスト」でも、トム・クルーズ主演のアクション映画『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(7月28日日本公開予定)の素材を使って、約20分間のVRシアターが特設されていました。

作家性の強い監督である、イニャリトゥ。インスタレーションという形で、先人を切ってVR業界に参入した形となります。長編作品へは今後どのように取り入れていくのか、とても楽しみです。

ミラノでのエキジビションはこちら。

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映画ジャーナリスト 立田敦子
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。
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