Music Sketch

音楽も形態も多様化する時代に突入した、第59回グラミー賞

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第59回グラミー賞授賞式は“アデル劇場”だった。この表現は好きではないが、まさにアデルで始まり、アデルで中断し、アデルで幕を閉じたのだから、仕方がない。

■アデルが憧れのビヨンセの前で、主要3部門を受賞

オープニングのパフォーマンスは、全世界106ヶ国で第1位に輝いたアデルの「Hello」で神妙にスタート。アデルは喋り出すと人の良さがそのまま表れる愛嬌のいいおばちゃんキャラなのだが、歌に救われ、歌に生きてきた彼女は、歌の世界に入ると一変する。ジョージ・マイケルのトリビュート・コーナーで「Fastlove」を歌うことにしたアデルは、見るからにジョージへの敬愛の念とその思いの強さに押しつぶされそうになっているのが歌い出しからわかり、やはり途中でオーケストラの演奏を止め、「ジョージの歌を失敗するわけにはいかないの」と、歌い直した。前回のグラミーのパフォーマンスで音響トラブルに見舞われたので、「今回こそは」という思いもあったのだと思う。

同じトリビュートでもプリンスのコーナーでは、ザ・タイムと、プリンスのギターを持って“殿下”になりきったブルーノ・マーズのパフォーマンスはお祭りモード。国民性もあったのだろうが、あまりにも対照的な展開だった。

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スピーチではビヨンセへの尊敬の念を熱く語っていたアデル。

この先しばらく語り継がれるであろう、主要3部門(年間最優秀楽曲賞、年間最優秀レコード賞、年間最優秀アルバム賞)でのビヨンセVSアデル。9部門ノミネートのビヨンセと5部門ノミネートのアデルだが、アデルにとってビヨンセは憧れの存在だ。戦う意思もない。年間最優秀レコード賞受賞の際には、マネージャーには「自分が復活できたのはあなたのおかげで感謝しても仕切れない。10年の付き合いだけど、自分の父のように愛しているわ。実の父親は愛してないけど」と笑いを誘い、ビヨンセに向けては「私にとって夢のような存在で、私のアイドルの“クイーン・B”、17年間魂を揺さぶられ続けてきたわ。大好きよ、私のママになって」と話していたほどだ。

最後に発表された年間最優秀アルバム賞でのアデルは、いたたまれないほど表情を硬くしていた。「この賞は受け取れない、いただけてとても嬉しいけど、ビヨンセのことをとても尊敬しているから。『Lemonade』は音楽史に残る傑作で、あなたはみんなの光なの。私も黒人の友人たちもあなたに励まされてきた。ずっと愛しているわ」と絶賛が続き、アデルの思いを受けて、ビヨンセも涙ぐむほど。終幕後の記者会見では、アデルはレモンのブローチを胸につけて現れ、受賞したトロフィーをビヨンセと分けるのか、半分に割ってしまったそうだ。
結果、ビヨンセは2部門で受賞、アデルはノミネートされた5部門すべて受賞した。

■お腹の双子のためにも、全身全霊だったビヨンセ

ビヨンセのアルバム『Lemonade』は、黒人女性としての生き方をはじめ、夫の浮気に関しても赤裸々な思いを歌い、全てを曝け出して人生に立ち向かう姿勢を打ち出したもの。音楽面でもジャック・ホワイト、ジェイムス・ブレイク、ザ・ウィークエンドといったロックにエレクトロニック・ミュージック、R&B界の代表格とコラボしたのをはじめ、“Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)”運動を意識した楽曲でケンドリック・ラマーを同志として招く一方、Panda Bearのような斬新なミュージシャンとも積極的にコラボし、チャレンジングで画期的な内容になっている。また前作同様、今回も全12曲に呼応した12のショートムービーからなる1本の映像作品と併せた、“ヴィジュアル・アルバム”という形態で発表された。

双子を妊娠中にもかかわらず今回パフォーマンスしたのも、受賞したい思いより、メッセージを伝えたいという意気込みを強く感じた。出産直前のパフォーマンスというとM.I.A.を思い出すが、ビヨンセの場合、4月開催の「コーチェラ・フェスティバル」への出演が決まっているとはいえ、今回の幻想的かつ大掛かりなパフォーマンスから用意周到であったことがわかるし、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞を受賞した際も、衣装に合わせたゴールドのカードに書いたスピーチを読み上げていたほど。
「(前略)誰でも苦しみや喪失感を経験します。このヴィジュアル・アルバムを作った意図は、私たちの苦しみや暗い歴史を表明し、それらを和らげ元気づけるためです。子供達に美しいイメージを与えるのが大切なのです。(中略)自分に美しさや知性、可能性があることを確信してほしい。これは世界中のどんな子供にも言えることです。そして私たちは過去の過ちを繰り返さないようにするべきです。素晴らしい賞をありがとうございました」
この立派なスピーチに、もしビヨンセが主要3部門のうちどれかひとつでも受賞していたら、次にどんなスピーチを準備していたのか、とても気になった。

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“ビヨンセ菩薩”と呼びたくなるほど、天上の人に見えたパフォーマンス。

去年ケンドリック・ラマーが『To Pimp A Butterfly』という大傑作を発表しながら最優秀アルバム賞を受賞できなかったように(受賞はテイラー・スウィフトの『1989』)、主要部門はブラック系ミュージシャンが受賞しにくいとされ、今回、ヴィジュアル・アルバムとして新作を発表したフランク・オーシャンがグラミー受賞資格をボイコットし、カニエ・ウエストやジャスティン・ビーバーも公然とグラミー賞のあり方に異議を唱えている。

一方で、グラミーでのイギリス人の受賞は多く、女性に限ってみても、古くはシャーデー、近年だとコリーヌ・ベイリー・レイやダフィー、故エイミー・ワインハウス、そしてアデルなど少なくない。彼女達はアメリカ産の音楽を自分なりに消化し、洗練させて歌にしている。なかでもアデルの前作『21』はブルーグラスやカントリー・ミュージックなど、アメリカのルーツ音楽を研究し尽くして生まれたアルバムで、主要3部門を含む6部門を受賞した。既にアデルはアメリカ人にもとても愛されているのだ。

友人は、「ビヨンセの『Lemonade』は全曲映像付きのヴィジュアル・アルバムで、あのアルバムは映像ありきでもあるので、音楽だけの作品を称えることを前面に出したいグラミーでの受賞は難しいと思っていた。あとグラミー的にどちらかの政権を支持している印象を前面に出したくないはずだから、ビヨンセはオバマ政権を支持していたことから受賞は難しかったのかもしれない。最優秀楽曲賞は獲るかと思っていたけれど」と話していた。やはり、そういった政治的側面も背後にはあったのかもしれない。

■年々増えるパフォーマンスは視聴率のため?

授賞式とはいえ、視聴率や広告収入を意識してか、豪華な共演パフォーマンスは年々増えるばかりだ。ザ・ウィークエンドとダフト・パンク、メタリカとレディー・ガガなど次々と登場した。

ケイティ・ペリーは久々の新曲「Chained To The Rhythm」をボブ・マーリーの孫であるスキップ・マーリーと披露したが、私はアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントン候補を強く推していたケイティのイメージが強すぎて、白のパンツスーツという彼女らしくない衣装で登場した時に、すぐにヒラリーを想起してしまったほど。そしていつになく怖いほどの強い眼力を放つケイティは、舞台セットの最後に現れた多数の文字をバックに「No Hate!」と言い放った。私は、文字群の中から「We The People」を読み取ることができたが、多くのミュージシャン達から大喝采を浴びたのはいうまでもない。ア・トライブ・コールド・クエストやバスタ・ライム等のパフォーマンスも、当然メッセージにあふれていた。

その一方で、保守的とされるカントリー・ミュージック界からのパフォーマンスやプレゼンターの出演も相次いだ。とはいえカントリーといっても、それこそリアン・ライムス、フェイス・ヒル、そしてテイラー・スウィフト等に見られるように、特に女子の場合、カントリーで売れてきたらポップ・ミュージックに転向するのは規定のコースだ。今回最優秀カントリー・パフォーマンス(ソロ)賞を受賞し、アリシア・キーズと共演した大型新人マレン・モリスも、そうなっていくだろう。

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今後のカントリー界の期待を担うマレン・モリス。

■最優秀新人賞をチャンス・ザ・ラッパーが受賞した意義

今回注目したいのは、最優秀新人賞をチャンス・ザ・ラッパーが受賞したこと(計3部門受賞)。昨年グラミー賞が「ストリーミングのみの作品もノミネート資格に値する」と規定を改定したことにより実現した。アルバム『Coloring Book』はストリーミング限定で配信されていたが、再生回数で換算されて全米アルバムチャートで初登場8位に入るほど大ヒット。彼はDonnie Trumpet & The Social Experiment名義での作品を含め、これまで無料ダウンロードできるミックステープも発表し続け、ソロ名義になってもメジャーレーベルと契約せずに、インディペンデントで独自にストリーミングに音源を発表。音楽を販売しない形を貫いてきた。その彼が受賞したとなると、今後の音楽シーンに多大な変化を与えることは明白だ。受賞した際にチャンスは、「Indipendent(自立)とは独立という意味であるだけでなく、自由を意味する。みんなのおかげで自分は自由だ」とスピーチしたが、今後は大手レーベルに所属せず、ストリーミング限定で配信するミュージシャンが確実に増える。チャンスのように成功するかは別として、何より夢が広がる。収入源となり、集客できるライヴ・パフォーマンスに力が入るもの当然だ。

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レコード会社と契約せず、我が道を行くチャンス・ザ・ラッパー。

実際、ミュージシャンはグラミー賞のことをどう思っているのだろう。昨日取材したホセ・ジェイムズは、「グラミーはもともと優れた音楽の代表はしていない。だって、マービン・ゲイの『What’s Going On』は選ばれていないだろう?」と話していた。
「政治と一緒で、もし本当に変化を起こしたければ、その基本レベルから参加しないといけないわけで、グラミー賞を選出する人たちが年配の白人男性中心なら、若いソングライターやプロデューサー、シンガー達が、自らアカデミー(NARAS)の会員になって変えていくしかない。でも彼らが“アカデミーの会員になることはクールじゃない、だから自分はアウトサイダーでいるよ”って言っていると、何も変わらない。結果的にアデルがビヨンセよりも売れたわけだし、世界中のどのアーティストを合わせた以上にセールスしたわけだから、業界における収益的なことを考えても、僕はアデルが獲った理由がすごくわかるし、何より素晴らしいアルバムだと思う。今はいろんな物事がごっちゃにされて、誰かがそこにさまざまな花火(火種)を置いて、バーンと花火を放つ形になって、ツイッター含め騒ぐだけ騒いで炎上させて、本当の問題を解決するには至っていない気がする。女性蔑視や人種差別といった問題が実際グラミーにあるのもそうなんだけど、それを抜きにしてもね」

ローリン・ヒルが第41回(1999年)のグラミー賞で11部門にノミネートされ、最優秀新人賞や最優秀アルバム賞など当時女性アーティスト最多5部門を受賞した時は、名プロデューサー、ドン・ウォズがグラミー賞に大きく関与しはじめた時代だった。奇しくもそのドン・ウォズは、現在ホセ・ジェイムズが所属するブルーノート・レコードの社長である。第56回グラミー賞では同性婚の合法化を祝い、受賞式中に集団結婚式を挙げて話題になった。が、グラミー賞が本当にピースフルになるためには、音楽も形態も多様化していく今、時代を反映させた新しい世代が審査側の意識を変えていくしかないのだろう。

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全84部門ある一方で、授賞式は年々豪華なコラボに割く時間が増えている。写真はメタリカとレディー・ガガ。

*To be continued.

<番組情報>

リピート放送!
「第59回グラミー賞授賞式」 
2017年3月12日(日)17:00 [WOWOWライブ]※字幕版

グラミー賞授賞式の最新情報は特設サイトへ! 
http://www.wowow.co.jp/music/grammy/

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

photos:Getty Images

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