うつわディクショナリー#07 新見麻紗子さんのうつわが描く小宇宙

見たことのないうつわの世界

新見麻紗子さんは、焼物の表面を自在に流れ予想のできない景色を描きだす釉薬の不確実性に魅せられ、偶然の美しさを誘発するようなうつわづくりをする陶芸家。うつわという焼物が生み出す小さな宇宙に引き込まれます。
 

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—「たゆたふ 〜 一つ所にとどまらず、流れ 漂い 揺れ動く〜」。今回の展覧会のタイトルのように新見さんの作品は、揺れ動く釉薬の流れが特徴です。
新見:釉薬への意識は、大学で陶芸を学んでいた時から芽生えていました。オブジェなどアート性のあるものを焼物で作るコースを専攻したんですけど、やってみたら簡単にはインスピレーションが湧いてこなくて。粘土を用いる焼物は、どんな形も作れて面白いはずなのにあんまり気持ちが動かなかったんです。私は、造形することよりも、粘土に熱を加えると体積が小さくなることとか、重力に沿って釉薬が流れることとか、焼物の性質そのものにすごく興味があったんですね。釉薬は、焼物の表面を覆い強度をつける役割がありますが、同じ釉薬でも焼く温度や時間によって全く違う化学反応を起こしますし、あまたある材料の中からこれ、という調合を自分で見つけ出すこともできる。勉強すればするほど魅力的でのめり込んで行きました。
 
—釉薬の反応というのは、コントロールできるものなのですか?
新見:ずっと釉薬を研究してきたので、どの原料を合わせるとどんな窯変が起こるかという予想はつきます。でも最後は窯の中での化学変化に委ねるしかなく、どう仕上がるかは、私にも焼きあがるまで分かりません。それから形も重要なんです。例えば、この平皿は、平らなように見えて実は中心が盛り上がり、その周りが少しだけくぼんでいます。ほんの数ミリのこの高低差があることで、窯の中で溶けた釉薬が揺れ動き、溜まったり、深みが出たり、貫入が細かく入ったりという反応を引き出すことができます。できあがったあとも、このくぼみは光の屈折に影響して色の見え方に変化を与えるんです。抹茶碗の場合は、釉薬が碗の形状にそって流れたのち内底には溜まります。そこにグラデーションがでたり、プツプツとした結晶が生まれたり、乳濁したり、面白い変化が起きます。うつわの底が厚いと他の部分と冷める速度が異なりヒビ割れることも。だから高台をぎりぎりまで薄く削らなくちゃとか。釉薬のパフォーマンスが一番よく出るようにと考えていくと、形やデザインがおのずと決まっていくんです。
 
—新見さんが思い描く景色はまるで絵画のようですが、アートではなくうつわにこだわる理由はなんですか?
新見:それは単純なことで……綺麗だなと思ったら、触りたくないですか? 絵画やオブジェは鑑賞することが主な目的ですが、うつわは「はい、どうぞ」って差し出されたら、誰でも自然に触ってみよう、持ってみようと思うものですよね。手に触れたり、口をつけたり、身体に引き寄せて使うもの。手で触れる距離感にあって、綺麗で使えるものってすごいと思うんです。絵画のような表現でもうつわでやれば、触ることができる。まだ見たことのないうつわの世界が作れるんじゃないかと思っています。
 
—新見さんにとってうつわを作ることは、自己表現ですか?
新見:自己表現というとちょっと違うかもしれません。自分のイメージを人に押しつけたいわけではないんです。釉薬を操ってうつわの上に描くのは、私なりの風景の描写ということも多いんですね。そういう意味では、手に取ってくれた人が、その人の頭や心の中にある風景を重ね合わせて、郷愁とか夢とか気持ち良さといった感情を呼び起こしてくれたらと思っています。古典からとった銘をつけているのも、イメージを共有しやすいのではないかと思うから。「端(ハ)」は、日がのぼる、もしくは暮れる時間の「山の端、空の端」の情景、「朝の露(あしたのつゆ)」はさわやかなイメージでしょうか。でも同時に、露は涙を連想させる言葉でもあるんですよね。
 
—どんなものを作りたいと思っていますか?
新見:「わあ!」というその場の高揚感よりも「これは一体どうなっているんだろう」、「自分はなぜこれをいいと思うんだろう」とじっと見続けてしまうようなもの。存在そのものは静かであっても、そばに置いておいて、ふとしたときにはっと心を重ねることができるものでありたいと思っています。
 
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今日のうつわ用語【釉薬・ゆうやく】
陶磁器の表面を覆うガラス質の成分、うわぐすりともいう。高温で焼くことで溶けて表面を覆い、陶磁器に強度を与えたり汚れや水を吸収しにくくする。調合の仕方や焼成温度によってさまざまな表情を見せるため装飾としての役割も大きい。

内底に神秘的な釉薬の流れを見せる抹茶碗。窯変茶碗「端(ハ)」¥21,600/ THE HANGAR

新作の平皿は直径12cmと使い勝手のいいサイズ。こちらは結晶がプクプクと大きく育つように釉薬を調合したもの。窯変皿「淡黄(うすこう)」¥4,860/THE HANGAR

花吹雪のような、雪景色のような、やさしい情景を思わせる。新見さんの予想しなかった釉薬の反応が引き出せたそう。窯変皿「glaze:no.2」¥4,860/THE HANGAR

抹茶碗と同じ釉薬だが平皿にかけるとまた違った表情に。窯変皿「端(ハ)」¥4,860/THE HANGAR

横から見たときの釉薬の流れも見逃せない美しさ。平盃「朝の露(あしたのつゆ)」¥7,560/THE HANGAR

釉薬が流れとどまる、その景色がなんとも美しい。杯「端(ハ)」¥9,720/ THE HANGAR

【PROFILE】
新見麻紗子/MASAIKO NIIMI
工房:千葉県
素材:陶器、磁器
経歴:京都精華大学にて陶芸を学んだ後、京都市工業試験場を経て2010年に独立。釉薬をあやつり、ダイヤモンドダストをイメージした「細氷釉」、ひと筋の色が流れる「緑水」など詩的な景色をうつわに投影する。
http://masakoniimi.wixsite.com/home/

THE HANGAR GALLERY SAKE SALON
東京都目黒区上目黒1-14-6メゾンベルウッド 1F&B1
営業時間:不定期(facebookページにて確認) 不定休
https://www.thehangar.jp
✳商品の在庫状況は事前に問い合わせを

『新見麻紗子個展 たゆたふ』開催中
会期:2017年5/6(土)〜5/21(日)
展示期間中の営業時間:13時〜20時(最終日は13時〜18時)
休月、火

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

うつわライター/編集者

フィガロ編集部を経て独立。子育てをきっかけに家族の食卓に欠かせないうつわにはまり、作り手を取材する日々。うつわを中心に工芸、インテリア、雑貨など暮らし関連の記事を執筆。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)。Instagram:@enasaiko

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