画家フレデリック・バジールと印象派の仲間たち。

特集

画家のフレデリック・バジール(1841~1870)と聞いても、ピンとこないかもしれない。モネの『草上の昼食』の中で左端に立つ帽子をかぶった長身の男性が彼。親友モネのためにモデルとなったのだ。

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クロード・モネ『バジールとカミーユ』(1865) © Courtesy National Gallery of Art, Washington, NGA Images

第1回印象派展が開催されたのは1874年。その4年前に29歳の若さで戦死していたバジールは参加することはできなかったが、モネ、ルノワール、シスレーといった印象派画家たちとグレール画塾で共に学んだ彼は、印象派の初期の主要メンバーの一人である。とりわけモネとは親友関係にあり、モンペリエの裕福な家庭に生まれたバジールはモネと居を共にし、経済的に彼を支えていた。

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展覧会より。中央は代表作のひとつとされる『夏の情景』(1869年)。光の捉え方や構図など、もし長生きしていたらバジールは写真家としても素晴らしいキャリアを築けたのではないかと思わせる。photo:Sophie Boegly

現在オルセー美術館で『フレデリック・バジール 印象派の黎明期』が開催中だ。彼の作品だけでなく、ドラクロワ、フォンタン・ラトゥール、ルノワール、モネ、マネ……といった彼と同時代の画家たちの作品もたっぷりと展示していて見応えのある構成となっている。オルセー美術館が所蔵する『家族の集会』や彼の出身地モンプリエのファーブル美術館所蔵の『村の眺め』といったバジールの代表作、ルノワールやモネが描いたバジールの肖像画があるかと思えば、バジールが描いたルノワールがあり……。「花」の部屋など、印象派の名だたる画家たちによる花の作品のオンパレード。ちなみに、モデルを雇えない貧しい画家たちにとって花はお金のかからない主題として好まれていたそうだ。

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中央に見られるのが『家族の集い』(1867年)。故郷モンペリエの郊外の屋敷で、家族を戸外に集めてバジールが描いた意欲的な集団肖像画である。左の壁にクロード・モネの『庭の女たち』(1867)が。バジールはこの絵を購入することで、友人モネの苦しい生活に手を差し伸べた。photo:Sophie Boegly

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印象派の画家たちによる素晴らしい競演が見られる部屋だ。左端はバジール作。photo:Sophie Boegly

17区のバティニョールに構えていたアトリエを描いた『コンダミンヌ通りのアトリエ』(1870年)が面白い。アトリエ内、友人のエドワール・メートルがピアノを弾き、中央には談笑するバジール、モネ、マネが描かれ、そしてエミール・ゾラとルノワールらしき人物が階段を挟んで何やら話をしていて、という光景だ。壁にはサロンで落選した自身の作品が飾られている。アトリエの近くのカフェ・ゲルボワによく集まり、バティニョール派と呼ばれていた彼ら。バジール亡き後、印象派と呼ばれることになる画家たちである。

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フレデリック・バジール作『コンダミンヌ通りのアトリエ』(1869~1870)。中央の長身男性がバジール。ピアノを弾いているのは親友のエドモン・メートルで、2人は文学、音楽への興味を分かち合う仲だった。ショパン、シューマン、ワグナーを愛したバジールは作曲家のガブリエル・フォーレにピアノを習っていたそうだ。この絵が展示されている部屋に来るまでに展覧会で見たバジールの作品の幾つかが、このアトリエの壁に飾られている。© Photo musée d’Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt

バジールはもともとは医者を志していた。しかし勉強のために暮らし始めたパリで、絵画へと方向転換。1864年に最初のアトリエを構える。サロンに出品するが、因習的な審査員たちゆえに、後に著名となる印象派の画家たち同様に彼の作品も落選続き。1868年のサロンに出品した『家族の集い』でやっと入選を果たすのだ。さて、1866年のサロンに出品し、落選をした『ピアノを弾く若い女性と聞き手の若者』という作品がある。その後、この作品はいったいどこに消えてしまったのか……。展覧会の最後の部屋で、その謎が明かされる。新しい画布の購入が金銭的に困難なとき、彼は過去の作品の上に新しい絵を描いていた。この作品もその憂き目にあったひとつ。会場に設けられた大きなタッチパネルを操作することにより、他の作品の下から、失われたこの作品が徐々に姿を現わすのを見ることができる。最新技術を駆使した心弾ませるこの仕掛け、ぜひトライしてみて!

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左:オーギュスト・ルノワール『「翼を広げるアオサギ」を描くフレデリック・バジール』(1867年)。© Photo Musée d’Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt
右:フレデリック・バジール『ピエール・オーギュスト・ルノワール』(1868~1869年)。サンジェルマンでアトリエを構えていた時はモネが同居していたが、バティニョールに移ってからはルノワールが同居人だったそうだ。© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt

オルセー美術館では創立30周年記念として、1月15日まで『素晴らしき第二帝政時代』展を開催していた。それに並行するように、フレデリック・バジール展は、昨年11月半ばにスタートした。というのも、彼が画家として活動を開始したのは、第二帝政期(1852~1870)のほぼ半ば。そして、ナポレオン3世が普仏戦争でプロイセンの捕虜となり、第二帝政は終焉を迎えるのだが、バジールもこの普仏戦争に参加して、命を落としている。精神的に大きな悩みを抱えていた彼は、自ら進んで死へと向かったのではないか、という説もあるが、仲間の画家たちに大きな衝撃を与えた死であったことは間違いない。

Frédéric Bazille (1841-1870)
La jeunesse de l’impressionnisme
会期:2017年3月5日まで
Musée d’Orsay
1, rue de la Légion d’Honneur
75007 Paris
tel:01 40 49 48 14
開)9:30~18:00(木 ~21:45)
休)月
入場料:12ユーロ

 

réalisation:MARIKO OMURA

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