ガリエラ美術館の『コレクションの解剖学』、
女たちの物語でもあるモード展の楽しみ方。

今週のPARIS

現在ガリエラ美術館で開催中の『コレクションの解剖学』では、これまでのモード展と視点を違え、誰が何を着たか、にフォーカスが置かれている。18世紀から現在にいたる3世紀に渡る展示品には詳しい解説がついているのだが、フランス語オンリーというのが残念である。目の前にあるドレスを着た人がどんな女性だったのかは、誰でも気になるところなのに......。

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左:1785年頃のマリー・アントワネットの胴着。中:ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌが着た1805年頃のエンパイア・スタイルのコットンドレス。スズランが刺繍されたパフスリーブが愛らしい。右:ナポレオン1世の姪のマチルドのマフ。186-~1870年頃の品でクジャクとキジの羽をあしらったゴージャスなマフで、内側にはヤギと羊の毛が使われている。photos:Mariko Omura


展覧会は5部構成で、最初の大部屋には18世紀から19世紀末の服が集められている。題して「過去の思い出」。マリー・アントワネットの胴着、ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌのドレスなど、時代を感じさせぬほど、驚くほどきれいな保存状態だ。さて、この部屋にはジョルジュ・サンド(1804〜1876年)が着た絹のドレスも展示されている。ジャケットとパンツといった男装で社交界に出入りしたことで有名な作家のドレスとは!! 麦や矢車草がモチーフの小豆色のデイ・ドレスは、当時の女性の装いとして適切なものである。これを彼女が着ていたのはフレデリック・ショパンと別れた後の40代後半だ。恋多き人生を送った彼女。このドレスを着ていた当時は、どんなパートナーがいたのだろうかと気にかかる。

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左と中央のドレスは、ゴッホの『医師ガシェの肖像』で知られた画家の精神科医ガシェの妻が着たドレス。中央がウエディングドレスで、左は挙式翌日のドレス。どちらも1868年。右奥が、1850〜52年頃のジョルジュ・サンドのドレスである。photo:Mariko Omura

第3部の19世紀末からプレタポルテが台頭する1960年代までの服が対象の「オート・クチュールの顧客たち」。この展開会のメインといっていいだろう。貴族やブルジョワの女性たちとクチュリエが、美と個性を生み出したモードの栄光の時代である。展示されている服もさることながら、それらを着た女性たちの物語が面白い。例えば、アメリカの鉄道富豪の娘として知られたアンナ・グールド(1875〜1961)が着た、20世紀初頭の白いナイト・ケープ。英国のクチュリエRedfern製で、アイリスや唐草模様が刺繍され、とてもゴージャスだ。ここではアンナ・グールドと紹介されているが、当時彼女は結婚していてボニ・ドゥ・カステランヌ夫人である。さて、このアンナが着ていたシャネルの白いドレスも展示されていて、こちらにはタレイラン公爵夫人着用という表示が。というのも、彼女はボニとは結婚9年めに離婚し、その従兄にあたるタレイラン公爵と2年後に再婚したからだ。ついでに書いてしまうと、この後彼女は3度めの結婚をしている。その時代のドレスは展示されてはいないけれど......。

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左・中:ボニ・ドゥ・カステランヌ夫人である富豪アンヌ・グールドが着たRedfernのナイトケープ。1900~1905年。右:1930年頃のシャネルのドレス。タレイラン公爵夫人アンヌ・グールドが着た。photos:Mariko Omura

さて、ボニ・ドゥ・カステランヌであるが、エキセントリックでダンディー、そして浪費家として有名な人物である。名前から察せられるように、ディオール・ジョワイユリィのヴィクトワール・ドゥ・カステランヌとは縁続きだ。このヴィクトワールのママであるフランソワーズ・ドゥ・カステランヌがガリエラ美術館に寄贈した1960年頃のクチュール・ドレスも展示されている。クチュリエ名はLanvin Castilloとなっていて、これは1930年代のジャンヌ・ランヴァンによるドレスにインスパイアされて、ジャンヌの後継者アントニオ・カスティヨがデザインしたもの。黒とベージュのコントラストが美しく、シックなドレスである。

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第3部「オート・クチュールの顧客たち」の部屋。中央右の黒とベージュのドレスが、フランソワーズ・ドゥ・カステランヌが着た1960年のランヴァン・カスティーヨ。 photo:Pierre Antoine/ Musée Galliera

トレンドセッター、デイジー・フェローズ(1890〜1962)。母方の祖父がシンガーミシンの創始者で億万長者という彼女は、二度めの結婚相手はウィンストン・チャーチルの従兄のレジナルド・フェローズだった。1920〜30年代の社交界の花形で、そのエキセントリックな装いで話題を呼んでいた彼女は、スキャパレリの靴型帽子を恐れることなく一番のりにかぶった女性である。1933年にはハーパース・バザー誌編集長のカーメル・スノウが、彼女をパリのエディターに任命。セシル・ビートンが彼女のさまざまなポートレートを残しているので、顔に見覚えがあるかもしれない。

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クチュール時代のトレンドセッターとして有名なデイジー・フェローズのワードローブから。左:1947年のバレンシアガ。彼にしては珍しく体にフィットするラインのドレスである。中:スキャパレリがダリとコラボレーションした靴帽子は、1937~38年の秋冬コレクション。右:1910年頃のHellstern & Sonsのブーツ。photos:Mariko Omura

会場に展示されたウエディングドレスの中で目をひくのは、ウエストに共布のバラをあしらったオフホワイトのシルクドレスのピュアな美しさだ。イヴ・サンローランによるディオールの1959年春夏コレクションで発表され、1959年に女優のジュヌヴィエーヴ・パージュ(1927〜)が着たものである。彼女の父親はジャック・ポール・ボンジャンといって、クリスチャン・ディオールと共に画廊を経営していたアートコレクターである。ディオールは彼女の名付け親だが、1957年に早逝。彼女の結婚は彼の死後2年後ゆえ、ディオール本人がデザインしたドレスで挙式をあげることは叶わなかった。

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イヴ・サンローランによる1959年の春夏コレクションより。女優ジュヌヴィエーヴ・パージュのウエディングドレスは、イヴ・サンローランによるディオールの1959年の春夏コレクションより。photos:Mariko Omura

ちなみに、展覧会の2つめのテーマは「舞台芸術と有名女性」ということで、サラ・ベルナールなど女優たちの衣装や私服を展示している。4つめは「クチュリエの間近で」と題して、クチュリエにインスパイアを与え、それによってクリエートされたドレスを着たミューズたちとそのドレス。ポール・ポワレの妻、クリスチャン・ラクロワの妻......。最後は「ショー・サンプル、誰のものでもない服」である。


Anatomie d'une Collection
『コレクションの解剖学』展
会期:開催中~2016年10月26日
Palais Galliera
10, avenue Pierre 1er de Serbie
75116 Paris
Tel. 01 56 52 86 00
開館 10:00~18:00(木〜21:00)
休館 月曜
入場料 9ユーロ
www.palaisgalliera.paris.fr/

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