『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』の作者が語る。

パリとバレエとオペラ座と。

日本では7月22日から全国順次公開が始まる『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』。フランスではすでにDVDの発売が開始されている。タイトルは『Backstage』。過去にオペラ座を舞台に『アニエス・ルテスチュ~美のエトワール~』『バレエに生きる〜パリ・オペラ座のふたり』『マチュー・ガニオ&カルフー二〜二人のエトワール』などを制作したマルレーヌ・イヨネスコによる、90分の最新作である。この『Backstage』について、そして彼女の仕事についてマルレーヌに話を聞いてみよう。

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日本では『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』と題して公開される『Backstage』。単なるダンスのドキュメンタリーを超え、オペラ座の裏側の過去、現在、そして未来を語る作品だ。©Delange Production

― どんなきっかけでこの作品は生まれたのですか。

マルレーヌ・イヨネスコ(以下、M):「私がダンサーたちの映画を作り始めてから、長い歳月が流れています。だから映像のアーカイブがけっこうな量たまっていて……これまで見せていない映像をまとめて、観客が見ることのできない舞台の裏側で起きていることを見せる作品にしたら面白いものができるに違いない、って思ったの。過去の作品で見せられなかったものを見せられるし、そして過去の作品に含めたリハーサルのシーンとは違った見せ方をしてみたらいいだろうって。それに偶然にもある配給会社から、『世間は舞台裏の映画に興味を持っているから、そうした作品があるといい』と言われたこともあって……。制作を決めてから完成までは、とてもスピーディに進んだわ」

― アーカイブ映像だけではなく、『Backstage』のために行われたアニエス・ルテステュとマチュー・ガニオのインタビューも含まれていますね。

M:「そうです。映像は、もちろん素晴らしいアーカイブがあるのでその中から未使用の映像も使い、さらに『Backstage 』を作ると決めてすぐにオペラ座で2015年から2016年にかけて起きていることを撮影しました。これは、ちょうどバンジャマン・ミルピエ芸術監督がオペラ座を去る、という時期ね」

『ラ・バヤデール』の舞台リハーサルのシーンでは、ミルピエ元芸術監督が主役を踊るアマンディーヌ・アルビッソンとジョジュア・オファルトにアドバイスを与えたり、観客席にいるスタッフにむかっておどけたりしていますね。

M:「『ラ・バヤデール』はミルピエが辞めることを発表する直前の公演でした。この舞台リハーサルを撮影していたら、舞台上にミルピエが姿をみせたのでいささか驚いたわね。というのも、芸術監督は技術者たちと観客席からリハーサルを見るのが通常のことなので……。撮影するからって彼に舞台に来るように、と私からはお願いしたわけではないのよ。彼は自分の意思で舞台上に来たのだから、これは撮影されたがっているのだわ、って、カメラマンにすぐに撮影の指示を出したわ。この『ラ・バヤデール』では、エトワールだったアニエス・ルテステュがコーチを務めています。『パキータ』のスタジオ・リハーサルは、エトワールだったギレーヌ・テスマーが現エトワールのマチュー・ガニオをコーチしているのを見ることができます」

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『Backstage』より。『ラ・バヤデール』の舞台リハーサルの後、コーチのアニエスとダンサーのオニール八菜。©Delange Production

― テクニック的に難易度の高い部分の稽古のシーン。テスマールの頼もしいコーチぶりが垣間見られます。もし撮影中に彼が上手くできるようにならなかったらこのフィルムはお蔵入りでしたか?

M:「それはわかりません。もしダンサーの仕事の厳しさ、成功に至るまでどれほど自分に課すことが大きいかといった面を見せる、というのなら、それは“乗り越えて、先に進む”ということでとても興味深い要素になると思います。このシーン、素晴らしいですね。稽古の最初ではジャンプ、回転のつなぎに難しさを抱えている彼が、ギレーヌと稽古を繰り返すうちに最後は軽やかに踊れるようになる……魔法の瞬間です」

90分の作品の前半では、さまざまなリハーサルシーンが紹介されている。オペラ座でアニエス・ルテステュとジャン・ギヨーム・バールの『ジゼル』、アニエスとマチュー・ガニオの『ジェニュス』、またアニエス・ルテステュのインタビューにのせて、フォーサイトの『Pas Parts』の舞台リハーサルもみることができる。そしてサンクトペテルブルクのマリンスキー劇場からは、マチュー・ガニオとオレシア・ノヴィコヴァの『ジゼル』、ロパートキナの『愛の伝説』……。公演にいたるまでのダンサーたちの厳しい稽古の日々。観客が知ることのできない舞台裏がたっぷりだ。

後半はアニエス・ルテスチュの語りと共に、バレエの継承へと軸が移る。『ラ・バヤデール』のスタジオ・リハーサルでコーチのローラン・イレールと仕事をするエトワールのアニエス。次のシーンでは、その彼女がコーチとなって『ラ・バヤデール』を踊るアマンディーヌ・アルビッソンとジョジュア・オファルトに指導をしているのだ。『ラ・バヤデール』はまだスジェだったアニエスを振り付け家ヌレエフ自身の希望でガムゼッティに抜擢されたという、彼女のバレエ人生において意味のある作品でもある。彼から直接教えを受けた最後の世代に属する彼女。ヌレエフは言葉数は少ないものの、内容は的をついたものだったそうだ。彼から学んだこと、そして自分が踊って体得したことを、若いダンサーたちに伝えてゆけるのは興味深い仕事、と彼女は熱意をこめて語っている。

― この作品の日本でのタイトルは『夢を継ぐ者たち』。バレエの継承にアクセントが置かれています。

M:「ああ、それはいいわね。そのタイトルには賛成よ。フィルムの中でアニエスもそれについて多く語っていますよね。彼女は引退後、コスチュームを作り、またオペラ座でコーチの仕事もし、それにまだ舞台で踊ってもいるのよ。素晴らしいことね。この映画をアニエスのダンサー時代から始めたのも後半に彼女がコーチの仕事をしているパートを盛り込んでいて継承という面を語るからなの。『ラ・バヤデール』で踊る学校の生徒たちが劇場にやってきて、セットなどをみて感激しているシーンを使うことにしたのも、それゆえよ。彼らはこれから次の新しい世代だから。もっとも、『ラ・バヤデール』のリハーサルを撮影したのは、先にも話したように、私が『Backstage』を作ろうと決めたときにオペラ座でおきていたことだから。撮影した時点では、使うかどうかはわからずに進めていました。というのも、編集によって映画は完成します。とりわけ、私の作品は編集に秘訣があるの。物語を考え、組み立てて……もし、映像を見ながら思い浮かぶことがあったら、それによって順序をひっくり返したりとか、編集にはとにかく時間をかけています。『Backstage』では、使い方がいろいろできる記録映像がたくさんあったので、編集作業はとりわけ難しかったですね」

― フランスで販売の『Backstage』のジャケットの写真は、『ラ・バヤデール』のリハーサルのものですね。

M:「そう、舞台リハーサルでのオニール八菜とジョジュア・オファルトです。八菜は、とても美しいダンサーですね。日本でも大変人気があるみたいね。私も彼女には興味をもっています。頭の構え方も、体のラインも美しく、軽やかで……。まだ若いけれど、昔の素晴らしい世代のダンサーたちが醸し出していた魅力を少し放ち始めています。これから素晴らしいキャリアを築くことは間違いないでしょう」

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『ラ・バヤデール』のリハーサルより。ガムゼッティ(左・オニール八菜)とニキヤ(アマンディーヌ・アルビッソン)の対決の場面について、アニエスがガムゼッティの動作の意味をオニールに解説するシーンは、まさに継承そのものだ。

― 若い世代のドキュメンタリーを作る予定はありますか。

M:「今の若い世代のダンサーたちは、その前のドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ、リュドミラ・パリエロといった世代のダンサーとは違いますね。若い彼らから感情面で私が衝撃を受けることがあるまで、撮影はもう少し待とうと思います。私自身が何かを感じないことには……。これまでアニエス、マチューの時がそうだったように対象のダンサーに私が内で感じるものがなければ、ろくな映画になりませんから。でも例外もあります。『ロパートキナ~孤高の白鳥』を制作していますが、実は彼女について私はあまりよく知らなかったのです。舞台を見たのは一度きり、後はビデオで彼女のダンスを見た程度。それだけで映画をつくるのは難しいでしょ。でも、ぜひ彼女の映画を制作するべきだって、ロシアの友達から強く勧められてたんです。とても要求の高いダンサーなので、撮影できるのは私にしかいないって……。実際に撮影してみたら、彼女、難しい人じゃなかった。素晴らしい人柄の女性だというのは、映画をみてもわかりますよね。彼女との間にはもちろん信頼関係が築けました。ロシア正教の教会の中での撮影って、普通はできないのだけど、彼女のおかげでそれもできました。というのも、信仰心の厚い彼女なので、教会での彼女のシーンは大切なもの。それで彼女に撮影をお願いしたところ、理解して引き受けてくれたんですよ」

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『ロパートキナ〜孤高の白鳥』より。 この作品は2014〜15年度の批評グランプリのダンス部門でベストフィルムに選ばれた。©Delange Production

― 現場ではカメラマンとどのように仕事をするのですか。

M:「私は映像にはうるさいので、カメラマンには常に指示を出しています。大勢のダンサーやテクニシャンなどでごった返す舞台裏では、撮ってほしいダンサーがいても、カメラマンが『え、誰のこと?』となってしまいがち。だから、私が欲しい絵を得るために、常にカメラマンの隣にいるようにします。インタビューにおいても同じ。ちょっとした瞬間やスタートの前からの撮影とか……あるいはインタビューの場所も撮影しておくとか……。私の感受性が感じられない映像をつなげても、映画は作れませんからね」

― 次回作は決まっていますか。

M:「はい。エトワールのマチュー・ガニオを昨年12月から追っています。なぜ、今彼のフィルムをつくることにしたか……。マチューは今年33歳です。彼が表現する芸術は円熟の域に達しています。肉体的にもメンタルの面でも、今、まさに成熟そのものの時期。あっという間に時は過ぎてしまうもの。この今を逃せません。それで、昨年末の『白鳥の湖』から撮影を始め、パートナーのドロテ・ジルベールやアマンディーヌ・アルビッソン、そしてイザベル・シアラヴォラへのインタビューも終えました。もちろん母親のドミニク・カルフーニ、妹のマリーヌ・ガニオにも……。母親は彼の子供時代の愛らしいエピソードをいろいろ披露してくれたし、マリーヌも兄との融合関係を語ってくれました。年末には編集を終える予定で進めています」

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怪我を克服し、パリ・オペラ座でバランシンの『La Valse』を踊るマチュー・ガニオ。

―『ラ・シルフィード』のリハーサルの撮影中に彼が怪我をした瞬間居合わせたそうですね。これは彼にはとても不幸な出来事ですが、製作者としては思いがけないスクープのように感じましたか。

M:「それはドキュメンタリーという点でいえば確かに。怪我の瞬間を見たことは過去になかったし……でも、目と鼻の先で彼が痛がっている姿には、作っている映画を忘れて、“あああ、なんという痛み方!”と 私の内側の声も同時にありましたよ。カメラマンには撮影を続けるように指示はしました。作品にはマチューの許可を得て、そのシーンを使う予定でいます。ピエール・ラコットの『ラ・シルフィード』というのは、女性ダンサーにも男性ダンサーにも、とても技術的にとてもハードな作品なんです」

― 来日公演のためのリハーサルで怪我をして、降板することになったのは皮肉ですね。

M:「そう。日本で踊れることを楽しみに、彼は稽古を繰り返していたのですからね。彼の日本での舞台も、撮影するつもりだったのだけど……。その代わりパリでリハビリ中の彼にインタビューを行いました。そして5月に彼の舞台復帰作品となったバランシンの『ラ・ヴァルス』を撮影し、その直後にロングインタビューを行っています。この時はとても幸せそうでしたね。彼の性格には母親同様に、強さと脆さが共存しています。それゆえに二人とも偉大なダンサーなんですね」

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『La Valse』より。パートナーはドロテ・ジルベール。

― ご自身もバレエを習っていたのですか。

M:「クラシック・バレエを15歳まで習っていました。その後、舞台と映画の専門学校で学んでいます。最初のフィルムは偶然から作ることになったのですが、亡くなった歌手のダミアについてでした。記録映像を元に作った26分の『Evocation Damia』といって、これが幸運なことにカンヌ映画祭の短編部門で出品されることになったの。ダンスの映画を撮影し始めたのは、カロリン・カールソン、ラリオ・エクソン、そしてフィンランドの俳優の3名によるフィクション・ダンス『la Barque Sacrée』(1990)から。エジプトの神話がベースで、舞台ではなく撮影スタジオを2つ使って撮影しました。黒豹や蛇も出演……ジャン・コクトーの『美女と野獣』の仕事もしているアンリ・アルカンという偉大なディレクターと組んでの作品です。いずれカールソンにインタビューをして、この作品の序文のような部分をプラスしたいと思ってるのよ。マチューのフィルムの後は、例えばエフゲニア・オブラツォヴァとかロシアのダンサーの映画を作りたいですね。といっても、私は監督、作家、プロデューサーの3役を兼ねているので、まずは資金調達もしないことには……。カメラマンも音楽、照明、編集にも腕の良い人としか仕事をしません。だから予算もかかります。金銭面がだから大変なのよ。情熱でバレエのフィルムを作ってる、ということね」

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マルレーヌ・イヨネスコ。©Delange Production

パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち
2017年7月22日 Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開
http://backstage-movie.jp/
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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