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甘いマスクの奥に秘めた芸術家魂──ミラノ・スカラ座バレエ団来日公演『ロミオとジュリエット』にゲスト主演する、フリーデマン・フォーゲルにインタビュー

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ミラノ・スカラ座バレエ団が6年ぶりに来日する。演目は『ロミオとジュリエット』。中世のイタリアを舞台にした恋の悲劇を、ご当地イタリアのバレエ団が上演してくれるのだ。そして今回の公演では、国境を超えた二組のゲストと、スカラ座の若手プリンシパルが主演。情熱的な演技と高いテクニックを誇るロシア人カップル、ナターリヤ・オシポワ&イワン・ワシーリエフ(ミハイロフスキー・バレエ)、ミラノのファンの間で注目されているスカラ座イチオシの若手スターカップル、ペトラ・コンティ&クラウディオ・コヴィエッロ、そして国際的スターカップル、フリーデマン・フォーゲル(シュツットガルト・バレエ)&アリーナ・コジョカル(英国ロイヤルバレエ団)、である。

中でもフォーゲルとコジョカルのカップリングに注目しているファンは多いはずだ。2年越し、3度目の正直で共演が叶ったというふたりのロミオとジュリエットについて、フォーゲルがその意気込みを話してくれた。

■マクミラン版ロミオは、ジュリエットの注目を得るために、ハードな愛の告白を踊り続けねばなりません。

「アリーナ・コジョカルとは以前から一緒に踊りたいと思っていたんです。柔らかで優美なムーブメントといい、音楽性の高さといい、とてもクオリティの高いダンサーです。特に今回のマクミラン版のジュリエットには、彼女のなめらかな動きがぴったりきますよね」。待ちに待った共演に言葉を弾ませるフォーゲル氏。しかし、今回踊る"ケネス・マクミラン版"の『ロミオとジュリエット』は、氏がシュツットガルト・バレエ団で踊ってきた"ジョン・クランコ版"とは振付や演出が少しずつ異なる(ストーリー、構成はほぼ同じですが)。

「クランコ版とは違うバレエの言葉(=ステップ)の中で感情やストーリーを語ることになると思います。そうしたプロセスを通して、クランコ版とはまた違った、新しいロミオの解釈に出会えるのはとても楽しみなのですが......。肉体的にハードなのもマクミラン版の特徴です。特にバルコニーのシーンでは、常に情熱的なステップを繰り広げなければならない」。昂ぶる恋心そのままに激しく回転し、大きく何度もジャンプした後に駆け寄ってきたジュリエットを宙高くリフトする。まさに、恋に舞い上がるふたりの情熱を可視化した場面だ。しかし、ひとしきり激しく踊った後での難易度の高いリフトの連続は、男性にとって相当な負担のはず。「それがマクミラン版ロミオの特徴でもあり、彼は、ジュリエットの注目を得るために全身全霊で愛の告白をしているわけです。自分のいい面を見せつけて、この愛を自分のモノにしたい、と。若さゆえの情熱ですよね」。

urano130813main01.jpg『ロミオとジュリエット』より。photo:Sebastian Galtier

■ゲストダンサーと言えど、その都度カンパニーの皆と時間をかけて協力し合い舞台を創りたい。

今回のように、国境をまたぎ他のバレエ団へゲスト出演する機会の多いフォーゲル氏。舞台、とくに全幕ものを上演するとなると、出演者全員のチームワークがとても重要だ。主役と他の役の息が合わなかったら作品の深み、面白みは生まれにくい。

「例えば、マキューシオが刺されて死ぬシーンでは、ロミオの哀しみの表現がふたりの友情の絆を強調し、観客を物語に引き込みます。そういう強い表現を生むためには、リハーサルを通しての深いコミュニケーションが必要。数日間のリハーサルでは難しいと僕は考えています。だから、どこであろうと、全幕ものでゲスト出演する時には1カ月くらいたっぷりと、リハーサル期間を取ってもらうようにしています」。周囲のダンサーと作品を創り上げていく、そのプロセスが本番を決める、と彼は言う。今回も、来日公演の前の1カ月をミラノで過ごすのだそう。「イタリアを舞台にした物語を、ミラノに長期滞在して空気ごと吸収し、日本の観客の皆様にお伝えしたいと思います」。

urano130813main02.jpg『モペイ』より。photo:Kiyonori Hasegawa

■実生活では、恋より仕事に情熱的!?

役づくりに没頭するがゆえに、舞台上で本当に涙を流したり、胸を締め付けられるような思いに駆られることはあるの?と尋ねると、「あります。ダンサーとしてごく自然なことだと思っています。その役になりきることこそが私たち芸術家の仕事でもあります」。では、私生活でロミオのような強い情熱を恋愛に注ぐことは?と尋ねると、「うーん。その点ではロミオと私はまったくタイプが違いますね。僕の情熱は主に仕事に注がれているようです。恋愛で、ロミオのように情熱的に突っ走るということは......今まではもちろん、これからもないかも」、と照れ笑いが返ってきた。

シュツットガルト・バレエ団をホームベースにしながらも、マリインスキー・バレエ団やベルリン国立バレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、東京バレエ団など数々のカンパニーにゲスト出演を重ねるフォーゲル氏。

「さまざまな場所に出向いて踊ることは新たな刺激と勉強の素晴らしいチャンスになります。カンパニーの在り方、スピリットの違い、そうしたものに触れることは人間的な成長にも影響を与えてくれるものと思います。ただ、それが活かされるのはあくまで"ホームベース"があるからのことで、僕は学んだことを持ち帰り、シュツットガルトの仲間たちと共有できるのが、何より嬉しいんです」。

■芸術家5兄弟の末っ子

バレエを始めたのは、12歳年上の三番目の兄が、シュツットガルト・バレエ団のプリンシパルダンサーだったから、という。「赤ん坊の頃から周りにバレエがあって、バレエを始めるのは僕にとってごく自然な成り行きでした」。両親は、バレエの厳しさを理解していたから"どうせ飽きるか、音を上げるかするだろう"と思っていたようなのだが、『8歳頃には、僕のすべてをバレエに費やす覚悟ができていました』。

バレエを始めるきっかけになった兄は今、モナコでバレエ講師をしている。今も昔も、フォーゲル氏にとって一番厳しい観客で、シュツットガルトの舞台に立ち始めた頃には厳しいアドバイスをたくさん貰ったのだそうだ。「だから、兄が客席にいる日はドキドキしたものです。ところがある時、その兄のクラスをゲスト出演していた中国のバレエ団で偶然受けることがありました。スターダンサーに混じって弟の僕が(主役ダンサーのひとりとして)そこにいることに、兄はとても緊張したようで、その時"やった!! 見返してやるチャンスだ!!(笑)"と張り切ったのを覚えています」。厳しい兄はしかし、良き理解者であり、そして素晴らしいバレエ教師だ、とフォーゲル氏は言う。

一番目と二番目の兄は音楽家、四番目の兄は演劇の舞台監督。5人兄弟全員が芸術家だ。「上の兄ふたりはシュツットガルトのオーケストラの一員でもあるので、バレエの公演の時にオーケストラピットにいることもあるんです。一度、僕がボレロを踊った時、長兄がオーボエ、次兄がクラリネットを演奏している、ということがありました」。観客席にいたご両親は、息子たちのコラボレーションをさぞ楽しまれたことだろう。

urano130813main03.jpgミラノ・スカラ座『ロミオとジュリエット』。photo:Brescia-Amisano/Teatro alla Scala

■舞台と客席がひとつになり、夢の世界にいる。それが理想。

若い頃は、自分の技や美しさをひけらかそう、とするダンサーも少なくないだろう。それはそれで必要なことだと思う。でも、本当に大切なことを彼は知っている。「観客を作品世界に引き込む。そしてあたかも物語の中に参加しているような気持ちにさせること、つまり観客と同じ世界を共有できることが、芸術家の役割だと僕は考えています。劇場とは、現実から離れたひと時を過ごすための時間と空間を提供する場所なんですから」。面白い本を手にした時、先が知りたくて知りたくてページをめくる手が先走ってしまう、そんな経験は誰にもあるはずだ。「それをバレエでも体験していただけるようにするのが、バレエダンサーの役割です」。

最後に、日本の好きなところは?と尋ねたら「時間が足りなくなっちゃうと思いますよ、沢山あり過ぎるから」と茶目っ気たっぷりに言うフォーゲル氏。「でも今、ひとつだけ、というなら、バレエに対して深い愛情を持ち、洗練されている観客の皆さんです。世界中の多くのダンサーが日本で踊るのを心から楽しんでいるはずですよ」。

甘いマスクの下に一本貫かれた芸術家としての知性、品格。枠にとらわれず、いろんな役へと可能性を広げたいと言うフリーデマン・フォーゲル氏の言葉に、"ダンスノーブル(品格のある男性舞踊手)"の意味を見た思いがした。

urano130813main04.jpgフリーデマン・フォーゲル
シュツットガルト・バレエ団プリンシパル。シュツットガルト生まれ。ジョン・クランコバレエ学校、モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンスアカデミーで学ぶ。1997年、ローザンヌ国際バレエコンクールで入賞。98年、シュツットガルト・バレエ団に入団。2001-02シーズンにソリスト、02年6月にプリンシパルに、とハイスピードで昇格を果たす。レパートリーは古典から、クランコ、ノイマイヤー、フォーサイス、フォーキン、バランシンらをはじめ現代振付家の作品まで非常に多岐に渡る。受賞歴も多数。

■ミラノ・スカラ座バレエ団『ロミオとジュリエット』
日程:9月20日(金)18時30分~ 21日(土)12時~、18時~ 22日(日)15時~ 23日(月・祝)13時~ ※フリーデマン・フォーゲルは20日、22日に主演します。
会場:東京文化会館
料金:S ¥18,000、A ¥16,000、B ¥14,000、C ¥11,000、D ¥8,000、E ¥5,000
問い合わせ先:NBSチケットセンター Tel.03-3791-8888(平日10時~18時、土曜~13時)
www.nbs.or.jp

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