England's Dreaming

A・マックイーンの真髄に触れて甦る、英国への愛。

私がライターになりたての頃、アレキサンダー・マックイーンはまだロンドンでコレクションを見せていた(いまはパリに移っています)。とはいえそんな駆け出しには、すでに最もホットなデザイナーのひとりだった彼のショーの招待状は届かない。それでも居ても立っても居られずに会場前まで勝手に出向いた私に、某先輩ファッション・ジャーナリストがフォトグラファーパスを譲ってくれた。信じられないような幸運にめまいを覚えながらも、(明らかにフォトグラファーじゃないのに)厳重なエントランスのチェックをなんとかすり抜けて中に入った。そうして観たのが2001年春夏の「Voss」だった。

元倉庫のような大きな会場の中心に置かれたマジックミラーの巨大な箱の中を、モデルたちがさまよい歩く。ケイト・モスで始まり、ラストはエリン・オコナー(このキャスティングに時代を感じますね)。彼女が視界から消えると、箱の中心を囲むように置かれていた4枚の衝立が倒れてガラスが飛び散る。中からは顔にマスクを着けて横たわった豊満な体の女性が現れて、無数の蛾が一斉に舞い立った。服はもちろん、セットも演出もこれ以上ないというくらいに鋭くエッジが立っていて、絶対的な美しさと底知れないダークさが表裏一体で、その夢のような瞬間すべてに文字通り鳥肌が立ちっぱなしだった。

そして十数年の月日が経過し。先日仕事でニューボンド・ストリートに行く機会があり、その帰り道「そういえばマックイーンの旗艦店が新しくなったんだっけ」と思い出して立ち寄ってみた。1階、2階と順番に回って最新コレクションを眺めた後、3階に続く螺旋階段も上がってみる。

そこでは、現デザイナーのサラ・バートン率いるスタジオでの制作過程を示すインスタレーション「アンロッキング・ストーリーズ」が繰り広げられていた。

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ここは展示を行いながら、デザイナーの卵たちに向けたワークショップやトークなどを開催する場なのだそう。

どのようにアイデアを展開させ、新たな要素とともに職人による手仕事やテクノロジーの技術もプラスして服に落とし込んでいくか。その様子をイメージボードやデザインスケッチ、テキスタイル、参考文献などから見せていく。あの独自の美意識にがっちり裏付けされた世界が構築される裏舞台に、私はただただ圧倒された。2001年春夏のドキドキが蘇る。

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なんと2001年のショーに登場した服とも再会。日本の鎧の構造をヒントとしたコートに和柄を思わせる金と赤で刺繍された花のモチーフがびっしりと縫い付けられている。

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職人たちが革に装飾を施す様子を写真で紹介。

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そうして出来上がったレザージャケット。優美で力強い。

なかでも印象的だったのは最新コレクションからのドレスの展示。大きな袖やスカート、コルセットを連想させる胸部のディテールなどから、ヴィクトリア時代がモチーフなのはひと目で分かった。1階の売り場で見かけた時にも気になっていた1着だ。

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「オフィーリア」という芳しき名のドレス。

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スカートの脇は、ボリュームを出すために幾重にも折り畳まれていた。

そのドレスの名は「オフィーリア」。ラファエル前派の画家、ジョン・エヴァレット・ミレーの代表作で私の大好きな絵(私だけでなく、たぶんイギリスで最も愛されているアート作品のひとつ)から取ったというそれだけでもう、私は泣きそうになる。

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このドレスのイメージボード。左中央にはミレーの「オフィーリア」の絵が見つかる。ジュリア・マーガレット・キャメロンのポートレートによる女性たちのポートレイト写真も数多く飾られている。

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サラによるデザイン画も。ポイントとなる箇所に詳細にわたる指示が書き込まれている。

サラのファッション画からスタートし、このミレーの絵やポートベロー・マーケットで見つけた古いレースのウェディングドレス、ヴィクトリア時代の女性フォトグラファー、ジュリア・マーガレット・キャメロンの写真などが雲母のように幾重にも積み重なって大切なインスピレーション源となり、デザインを展開していったそうだ。

黄身がかったグレーのフラワープリントは、スタッフが庭で摘んだ花を撮影し、使用したという。それらすべてもあまりにも英国的で、私はまた泣きそうになる。

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テーブルの上に置かれているのは、インスピレーション源となったアンティークのウェディングドレスと紙で作られた3Dのモデル。その奥にはサンプルも。

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ボディ部分の資料となった古いコルセットなど。

完成するまでに作られたアレンジは17種もあったとか。サンプルに使った素材やデザイン、ディテールなどは最終的に採用されなくてもすべて写真に収められ、今後の資料としてマックイーンのアーカイブルームに保存されているそうだ。

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アレキサンダー・マックイーンというブランドが非常に英国的だとは、ずっと言われ続けてきたことだと思う。それでもやっぱりこうして数々のディテールを目の前にすると、これまで私が英国に魅かれ続けてきた理由とシンクロし過ぎてぐっとくる。

その二大要素は明と暗。たとえば栄華を極めたヴィクトリア時代の、過剰なまでに装飾された華やかさと、その影に常につきまとう暗さ怪しさとか。スウィンギングロンドンと呼ばれたポップな60'sの背景では、世間を震撼させるギャングが街を牛耳っていたこととか。甘美さの裏にはいつも、したたかに毒が仕込まれている。

 

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参考文献の山。ラファエル前派やジュリア・マーガレット・キャメロン以外にウィリアム・ブレイクの本も。

そんなことを考えながら私は長い時間をかけてフロア内を見て回った。そして思ったのだけれども。ここには故アレキサンダー・マックイーン本人の魂も居ると。目には見えないけれども確実に。

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ティム・ウォーカーによる故アレキサンダー・マックイーンの肖像のポストカードは、ナショナル・ポートレイト・ギャラリーのショップで購入。私が大切にしている一枚。

*この展示の終了時期は未定。だけれども、まだもう少しの間は開催されている模様。閲覧は自由にできる。無料。

Alexander McQueen store London

27 Old Bond Street, London W1S 4PD, UK
www.alexandermcqueen.com

 

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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