フィガロが選ぶ、今月の5冊 性別や社会から、私たちを心地よく解きほぐす。

Culture 2017.10.10

性別や社会から、私たちを心地よく解きほぐす。
『母ではなくて、親になる』

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山崎ナオコーラ著 河出書房新社刊 ¥1,512

 「母」と思うとプレッシャーで視界がぼやけるが、「親」だと思えば余計な緊張が消える分、社会とのつながりが浮かび上がり、やるべきことが明確に見えてくる。本書のタイトルを目にしただけで、見晴らしのいい丘に立ち、軽やかな風を受けているような気分になれるはずだ。 

 山崎ナオコーラさん初の育児エッセイは、私たちを縛る性別の役割や社会の重圧をひとつひとつ丁寧にほぐし、読者を解き放ってくれる。著者が生まれたばかりの我が子に向けるまなざしは愛情深いけれど、二人きりの関係で完結していないのは、その視線が子供の背後に広がる世界にも向けられているからだ。妊活、出産、保活......。小さな違和感にぶつかる度に丹念に点検し、自分はどうありたいか見つめ直していく。世間で良しとされていることであれ、自分が納得しないことは拒否するが、排他的ではない。「わかり合えなくても話していいんじゃないか」「知らないでいた方がいいことなどない。汚れたら洗えばいい」と述べられているように、ともすると「正しさ」が競われがちな育児シーンで、著者はなによりも多様性を重んじている。それによって、傷ついたり傷つけられたりするリスクを負うとしても、閉じた世界に居るより、断然豊かではないか。自分と異なる意見やざらつかせる価値観にも触れてみて、こつこつと心の中で整理しながら日々を送る著者の姿に、そう教えられる。

「人に会いたい」と冒頭に述べているが、著者はあまり人付き合いが得意ではない様子だ。にもかかわらず、たくさんの人の手を取る勇気も、そして助ける準備もできているように思える。どんな環境に置かれていても、自分とは違う生き方を受け入れる姿勢次第で、私たちはいくらでも広い世界にコミットできるのかもしれない。育児に関わっていない人が読んでも、心に気持ちの良い風が吹き込むことは間違いない。

文/柚木麻子 作家

2015年『ナイルパーチの女子会』(文藝春秋刊)で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』(双葉社刊)がヒットを記録する。近著に『BUTTER 』(新潮社刊)、『さらさら流る』(双葉社刊)。

*「フィガロジャポン」2017年10月号より抜粋

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