カンヌで絶賛された、名匠フィリップ・ガレル最新作。

Culture 2017.02.04

『パリ、恋人たちの影』

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若い映画監督と彼の才能を信じる妻の危機。不倫あり創作の袋小路あり。男の身勝手も女の激情も受けとめ、移りゆく関係の一瞬に愛の姿を定位する。

 男が立っている。口が動いている。何をし、何を見ているのか。手にしたバゲットを口にいれると、乾いた音がする。
 ピエールは映画を、大戦中のレジスタンスにかかわるドキュメンタリーを撮ろうとしている。マノンは仕事でも生活でもパートナー。それがふとしたきっかけでピエールに若い愛人ができ――。よくある話。どこにでもある話だ。いまさらこんな映画かい、とはじめは思う。
 前世紀とはいろいろなことが変わっている。じゃあ、男女の関係は? この映画ではミニマムな、切り詰めたかたちで恋人たちが描かれる。
 白黒でこそのはっきりした陰影、質感。シーンが変わるとき、ストーリーの流れをすこしだけ補う短い音楽。
 無精髭をはやし、ラフなシャツにジャケット姿の、横になっていることの多いピエール。「“浮気は男だけのもの/女の浮気は深刻で有害だ”彼はその考えが過ちで身勝手とも感じたが――頭から離れることはなかった」。こんなヤツ。なのに、立ったまま左手で皿を持って食べている。座ってもやはりテーブルもなく食べるシーンがつづく。独り身の不安定がこんなところで否応なしに。
 マノンの表情の何と豊かな。ピエールに対してのみならず、アパルトマンの管理人への、母親への、友人への。若い愛人エリザベットもそう。一方、男はあまり表情が変わらなく静かだ。それなのに、だ。このピエールが笑顔をみせるとき、映画は、いや映画を包むこの世界は大きく変わる。見ている者もまた。あぁ、この表情、これが恋人たちの、愛する者たちの証し、と。これが映画だ、と。

文/小沼純一(音楽批評家・詩人)

音楽を中心に詩、映画など裾野の広い執筆活動を展開。著書に『オーケストラ再入門』『音楽に自然を聴く』(ともに平凡社新書)、詩集に『サイゴンのシド・チャリシー』(書肆山田刊)ほか。
『パリ、恋人たちの影』
監督・共同脚本/フィリップ・ガレル
出演/クロティルド・クロー、スタニスラス・メラール、レナ・ポーガム
2015年、フランス映画 73分
配給/ビターズ・エンド
シアター・イメージフォーラムほか全国にて公開中
www.bitters.co.jp/koibito/

*「フィガロジャポン」2017年3月号より抜粋

 

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