フィガロが選ぶ、今月の5冊 恋人同士の本音を知るのに最適な、共作恋愛小説。

Culture 2019.02.01

ときめかない、でも諦めない私たちの日常。

『犬も食わない』

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尾崎世界観、千早茜著 新潮社刊 ¥1,404

風邪をひいたとき、何が食べたいですか。恋人が何をしてくれたら嬉しいですか。私の昔々の恋人が買ってきてくれたものは、なんとシメサバだった。驚きすぎて食べたかどうかは記憶にない。その彼が体調を崩したとき、私は鍋焼きうどんを作った。食べてくれたが「本当は唐揚げとかがいい」と言われてしまった。彼は、消化にいいものより好きなものを食べた方が元気が出るらしい。

「ありがたいけれど、ちょっと違う、迷惑といってしまうには申し訳ない好意」。同棲生活を送る恋人たちの、そうした微妙なずれをリアリティたっぷりに描いているのが、『犬も食わない』だ。福が風邪をひいたとき、大輔はいちごの果肉たっぷりの甘いヨーグルトを買ってくる。福が好きなのは酸っぱいヨーグルトなのに。コンビニ袋には他にも(福からしたら)とんちんかんなものがいっぱい詰まっている。その上、彼は心の中で「気を使って飯も外で済ませてきたのに」なんて思っている。そんなこと福は望んでいないのに。二人はいつもどこかずれている。大輔は福のことがわからない。福は突然怒り出す。口汚く罵ってくる。突然別れを切り出してくる。(実際はちゃんと少しずつ伝えているんだけど)福は自分のことがわからない。大輔と本当に結婚したいのか。ただ「結婚してくれ」と言われたいだけなのか。けれどこの二人、意外と相性は好いんじゃないかなと思う。苛立つ対象が見事に一致しているから。偽物っぽい、形だけ取り繕ったもの。白々しい、芯のない言葉。それらに対峙したときの二人の結束といったら、見ていて清々しいほどだ。

私はこの本を読んで「期待」というものについて考えずにはいられなかった。勝手に期待して、落胆して。大切な人との関係はその繰り返しだ。期待することをやめたらいいのに、それでも私たちは期待してしまう。恋人同士の口に出せない本音を知るのに、最適な一冊。

文/一木けい 小説家

1979年、福岡県生まれ。2016年、「西国疾走少女」で第15回女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞。近著に『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社刊)がある。

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*「フィガロジャポン」2019年2月号より抜粋

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