アカデミー賞受賞! 常識を覆す、ふたりの男の旅。

Culture 2019.04.03

辱めを受ける者の強さが周りに波及し、偏見だらけの常識を壊す。

『グリーンブック』

1903xx-cinema-01.jpg

旅の途上、ヴィゴ・モーテンセンの運転手兼用心棒が教養人の黒人ピアニストにフライドチキンの手掴み作法を教える様子は、笑いが弾ける名シーン。米アカデミー賞主要5部門にノミネート。

ファレリー兄弟と言えばアメリカ映画界最高の映画監督である。なんて勢いよく言っても、誰も相手にしてくれない。彼らの作品はいわゆるおバカ映画。障害者を笑いものにし、いい大人がお尻を丸出しにし、くだらなすぎる下ネタ満載でこちらが引いてしまうほど。そんな彼らのうちの兄が監督した新作がアカデミー賞候補だという。ありえないでしょ。オスカーから最も縁遠いものばかり作り続けてきたのに? それがこの映画である。

腕力とハッタリを武器に生き抜いてきたイタリア系の用心棒トニーは、孤高の黒人ピアニスト、シャーリーの運転手として南部へ巡業の旅に出る。そこでトニーはあまりにひどい黒人への差別感情と直面する。トイレは外の掘っ立て小屋、バーではわけもなく殴られ、夜の外出は禁止……。たったいま、差別“感情”と書いたが、こんなセリフがある。「これは個人的な差別じゃない。この土地のしきたりなんです」。つまり“感情”ではなく、“常識”だということ。それが一番恐ろしい。ただファレリー作品が素晴らしいのは、いつも虐げられる者こそ絶対的に正しいのだと描くことによって、偏見と思い込みでしかない“常識”を徹底的に破壊してみせること。どんな辱めを受けようが背筋をピンと伸ばし顎を斜め45度上げ、決して威厳を失わないシャーリー。物静かな彼だが、その演奏は怒りに満ちている。

ラスト、旅に出ていない者にまでそんな彼の“強さ”が波及する様子に涙するのは間違いない。でもほんとに間違いないのは、観終わった後、無性にフライドチキンが食べたくなることなんだけど。 

文/佐向 大(さこう だい) 映画監督、脚本家

『休暇』(2008年)など国内外で評価された脚本実績と並行し、09年に『ランニング・オン・エンプティ』で商業監督デビュー。18年の監督・脚本作『教誨師』は実力派競演の圧巻のセリフ劇。
『グリーンブック』
監督・共同脚本/ピーター・ファレリー
出演/ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニほか
2018年、アメリカ映画 130分
配給/ギャガ
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国にて公開中
https://gaga.ne.jp/greenbook

【関連記事】
『グリーンブック』が作品賞! 編集KIMが語る2019年アカデミー賞。
アニエス・ヴァルダ、ジャック・ドゥミと歩んだ映画人生。

*「フィガロジャポン」2019年4月号より抜粋

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories