シリア難民の少年のまなざしが、世界に問いかけること。

Culture 2019.08.05

愛情の希薄さに抗うように、少年は理不尽な世界に臨む。

『存在のない子供たち』

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親の怠慢で法的に「存在しない」ゼインは、家出の途上で不法就労の娘ラヒルと出会う。世界と向き合う少年の、野ざらしの輝き。カンヌで審査員賞を受賞。

シリア難民の子どもたちの無邪気に輝いた瞳が、どこかで必死に何かを乞うている。私の知るシリア難民の子どもたちと、主人公の少年ゼインのまなざしが重なる。

実在のゼインは、2012年からシリア難民としてベイルートのスラムに住んでいた。現在、ノルウェーに第三国定住している。この映画では、演者のほとんどが現実世界で映画と同じような境遇にいる。

罵倒する言葉、不健康なインスタントラーメン、路上の物売りが引きずるティッシュの束、薄汚れた雑魚寝用のマットレス。それらはアラブ界の貧困層に見られる、生々しくも荒廃した現実の断片である。12歳の少年の目に映るこの世は、さまざまな事情で惨めな生活から抜け出せない人々がもがく不条理な世界だ。そんな社会の底辺で、ゼインは親を訴える。なぜ自分を生んだのか、と。この意を決した行動に、彼が本当に欲しかったものが暗示されている。親の、もしくは近しい人の愛情。冷徹に親を訴える少年が欲したのは、世界中の子どもに必要な、いじらしいほどに当たり前のものだった。

だから家出したゼインは、言葉を交わした女性に食料を求め、他人の赤ん坊を育て、大切な人の死に怒り狂う。

監督は、長期間に及ぶ取材をもとに理不尽な現実を切り取りながらも、端々にそこはかとない優しさやユーモアを入れ込む。温かさを持ち合わせたその視点のひとつひとつが、不条理を生き抜く人々への、共感や愛情そのものである。社会の無関心に抗う少年のまなざしと、監督の透徹したまなざしが交差し、共振する。その感銘を全身で受けとめる時、この映画の真価が見えてくる。

文/松永晴子 「認定NPO法人 国境なき子どもたち」職員

美術教師としての海外活動を経て、2014年よりシリア難民支援に従事する。シリア難民キャンプでの奮闘記に、テレビ番組「情熱大陸」が密着。現在はシリア難民支援現地事業統括役。
『存在のない子供たち』
監督・脚本/ナディーン・ラバキー 
出演/ゼイン・アル=ラフィーアほか
2018年、レバノン・フランス映画 125分
配給/キノフィルムズ 
シネスイッチ銀座ほか全国にて公開中
http://sonzai-movie.jp

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〈Music Sketch〉路上の現実を希望へと橋渡しした、話題作『存在のない子供たち』(前編)
〈Music Sketch〉聖書的で予言的な物語を音楽でも表現した、『存在のない子供たち』(後編)

*「フィガロジャポン」2019年9月号より抜粋

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