越後妻有の魅力とともに楽しめる、夏のアートめぐり。

Culture 2019.08.10

昨年で7回目の開催となった「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。2000年から3年ごとに開催するトリエンナーレとして始まり、数多ある芸術祭の中でもいまやパイオニア的存在です。新潟県の越後妻有(えちごつまり)は、過疎高齢化の進む日本有数の豪雪地ですが、この芸術祭が開催されるようになってから、国内外を問わずその名を知られるようになったと言っても過言ではないでしょう。760平方キロメートルもの広大な田園地帯に点在する恒久アート作品は、いま200点近くにもなります。

3年前からは、春夏秋冬、季節ごとのプログラムが企画され、アートファンのみならず多くの人に親しまれる催しになっています。今年の夏プログラムは、8月10日(土)からスタート(会期は8月18日まで)。今夏は新たに6組のアーティストによる新作が登場するのが見どころの一つ。そして見逃せないのは、『河口龍夫 ― 時の羅針盤』展でしょう。日本の現代美術アーティストとして活躍してきた河口の、50年以上にわたる軌跡を一堂に展観することができる貴重な機会といえます。

物質と人間や時間との「関係」を一貫したテーマとしていますが、第一回『大地の芸術祭』参加以来、越後妻有の人々や彼らの生活に寄り添うような作品制作を続けてきたことも感じ取れます。河口作品の『関係―種子』は、1986年チェルノブイリ原子力発電所事故が起こってから続けられている、植物の種子を鉛で覆ったものです。今展で展示されている『関係-農夫の仕事』もそのシリーズですが、素材に使われている農具は越後妻有の農家で実際に使われていたものなのです。展示会場になっているのは、磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]。元は校舎だった建物を改修したもので、2015年に美術館としてオープン。体育館棟を広い展示空間として丸ごと使った展示は圧巻です。

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河口龍夫(奥)『関係―無関係・立ち枯れのひまわり』(1998年)、(手前)『関係―地上の星座・北斗七星』(2018年)。鉛で封印した蓮の実を乗せた銅の皿を、水を張ったボウルに浮かせたものが、北斗七星の形に並んでいる。

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河口龍夫『関係―農夫の仕事』(2003年)

また、河口龍夫作品は、JR飯山線越後田沢駅そばでも見ることができます。『未来への航海』、『水から誕生した心の杖』は、アトリエ・ワンによる『船の家』の中に設置されています。

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アトリエ・ワン『船の家』

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河口龍夫『未来への航海』 撮影:中村脩

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そして今夏、気になる作品といえば、塩田千春による『家の記憶』と、クリスチャン・ボルタンスキーによる『最後の教室』(ジャン・カルマンとの共作)。塩田もボルタンスキーも、折しも東京の美術館でそれぞれ個展を開催中で、大きな話題を呼んでいるアーティストです。それらと合わせて鑑賞することで、より深くふたりの作品にアプローチできるかもしれません。

塩田の『家の記憶』は、住む人がいなくなった古民家を用いたインスタレーション作品。家に入ると、中は黒っぽい毛糸が張り巡らされています。その毛糸に編み込まれるように見え隠れするのは、家具や民具や本や着物など、不要になったものの捨てられなかった生活用品です。そこに住んでいた人々の暮らしに想いを寄せざるを得ません。ドイツ在住の塩田が約2週間滞在し制作されました2019夏はツアーだけの限定公開)。

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塩田千春『家の記憶』 撮影:宮本武典+瀬野広美

ボルタンスキーの『最後の教室』は、廃校となった小学校が舞台となっています。干し藁が敷き詰められた薄暗い体育館の中を、足下をすくわれながら歩いていくだけで別世界に入りこんでいくようです。廊下の上部には額縁が並んでいるのがうっすら浮かび上がるのですが、肖像写真かと思ってよく見ると画面は真っ黒。裸電球が揺れる薄暗い校内を使った大がかりなインスタレーションが展開され、教室の隅の棚には生徒たちの落とし物が並べられています。理科室では、大音量に増幅された心臓音が響きドキリとさせられます。そこには確かにかつて子どもたちがいて、その存在はかけがえのないものだったことを語りかけてくるような感覚に見舞われるのです。

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クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン『最後の教室』 撮影:倉谷拓朴

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クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン『最後の教室』 撮影:木奥惠三

塩田にしても、ボルタンスキーにしても、こうしたサイトスペシフィックな作品でこそ、真骨頂を見せているといえるでしょう。いわゆるホワイトキューブの美術館に収まった展示では、体験することができない鑑賞ができるのが魅力です。

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同じく廃校が使われているのは、絵本と木の実の美術館。常設展示として絵本作家の田島征三ワールドが展開されています。また、同会場では、『絵本と木の実の美術館創立10周年記念企画展』として、『マオシャン・コニーは、ここからはじまった』展が開催されています。10年前に美術館の立ち上げにボランティアとして関わり、田島征三に多大な影響を受けたマオシャン・コニーのアーティストとしての作品が展示されています。

190807_8_photo Gentaro Ishizuak.jpg田島征三『鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館』 撮影:石塚元太良

190807_9_PHL6896.jpg絵本と木の実の美術館創立10周年記念企画展としての、『マオシャン・コニーは、ここからはじまった』展。撮影:中村脩

こうした既存の建物や、思い入れのある物を用いる作品制作は、それらを提供してくれた地域住民の方々からの協力なくしては成り立ちません。大地の芸術祭が、長年かけて築いてきた地域住民との信頼関係の蓄積によるものにほかならないでしょう。

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古郡弘『うたかたの歌垣』 撮影:中村脩

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また、レアンドロ・エルリッヒによる 『Palimpsest:空の池』も見どころの一つ。越後妻有里山現代美術館[キナーレ]の中庭は広い人工池になっていて、水面に空や建物が反射しているように見えるのですが、そこにレアンドロのユニークな作品が隠されています。角度を変えて見たり、SUP(立ちこぎボート)で水遊びしている人を見ていると錯覚に見舞われたようになるので、ぜひ、現地で味わってほしい作品です。金沢21世紀美術館のプールの作品でもよく知られる人気アーティストによる作品で、昨年制作されました。

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レアンドロ・エルリッヒ『Palimpsest:空の池』(2018年)

同館で開催中の『水あそび博覧会』など、夏ならではの作品展示や楽しいワークショップも満載です。

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東明『パラフーク』

ほかにも、マリーナ・アブラモヴィッチによる『夢の家』をはじめ、宿泊体験できる作品も(期間限定、要予約)。

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マリーナ・アブラモヴィッチ『夢の家』 撮影:安斎重男

190807_14.photo Ayumi yanagi.jpg『うぶすなの家』 撮影:柳鮎美

そして、マ・ヤンソン/MADアーキテクツによる『Tunnel of Light』や、内海昭子の『たくさんの失われた窓のために』は、夏の景色を鮮やかに映し出します。

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マ・ヤンソン/MADアーキテクツ『Tunnel of Light』 撮影:中村脩

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内海昭子『たくさんの失われた窓のために』 撮影:倉谷拓朴

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さらに、農舞台内のレストラン、越後まつだい里山食堂の一面ガラス張りの窓からは、棚田のイリヤ&エミリア・カバコフ作品も見られます。水色で統一された開放的な店内、鏡のテーブルに映り込む天井の写真作品を見ながら食事を楽しめるのですが、実はこれ、ジャン=リュック・ヴィルムートの作品。地域住民の方々に自分が美しいと思う風景を撮影してきてもらうというプロジェクトによるものです。ここでは、旬の食材を使って郷土料理をアレンジしたメニューがお勧め。点在する作品を巡る間、おいしいものに出合えるのも醍醐味の一つでしょう。

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イリヤ&エミリア・カバコフ『棚田』 撮影:中村脩

190807_ photo Ayumi Yanagi (2).jpg越後まつだい里山食堂(ジャン=リュック・ヴィルムート「カフェ・ルフレ」)  撮影:柳鮎美

今回、オフィシャルツアーである「プレイバックツアー」の夏会期特別バージョンとして、以下の3つのコースが用意されています。

●Part1(8/11,13,15,17)
2009年~18年の作品を鑑賞。特に大人気の清津峡渓谷トンネルの作品(2018年)をはじめ、里山の風景を楽しみながら多くの作品を回ることができます。
●Part2(8/10,12,14,16,18)
2000年~09年の作品を観ることができる、初期からの代表作を巡るツアー。中でも、ちょうど今夏大きな話題を呼んでいる、東京で大回顧展開催中のボルタンスキーと塩田千春によるサイトスペシフィックな作品は必見。
●Part3(8/10,11,12)
2000年~18年の作品を鑑賞。初期から関わってきた、メインのまつだい地域にスポットを当て、おいしい食事も楽しめる「まつだい棚田を踏みしめる旅」ツアー。

『「大地の芸術祭」の里 越後妻有2019夏』
開催期間:8月10日(土)~18日(日)
開催会場:越後妻有地域(新潟県十日町市・津南町)
料金:一般¥2,500(共通チケット)
●問い合わせ先:
「大地の芸術祭」の里 総合案内所
tel: 025-761-7767
www.echigo-tsumari.jp

texte:YUMI TAKAISHI

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