南仏を舞台に、小さな秘密が大騒動を巻き起こす。

Culture 2019.10.09

自分と折り合いのつかない、全ての大人に捧げるおとぎ話。

『今さら言えない小さな秘密』

1910xx-cinema-01.jpg

物言わぬ自転車にふと人格が宿り、日常がファンタジーの色を帯びる軽やかな演出。『アメリ』の名脚本家ギヨーム・ローランがシナリオ作りの核になる。

映画の舞台は、光あふれる南フランスの小さな町。空も緑も鮮やかで、石や漆喰の壁は濃い影を落とす。自転車に興じる子供たちの中で、呆然と立ち尽くしているのが主人公のラウルである。

彼の唯一にして最大の秘密は、自転車に乗れないこと。ツール・ド・フランスで知られる、自転車大国のフランスでは極めて例外的な存在だ。

ラウルの場合、乗れないことが逆に自転車への興味を掻き立て、ついには修理サポートの行き届いた自転車の店を構える。そして最愛の人と出会い結婚するのだが、新郎の格好が絶妙だ。蝶ネクタイの白いシャツの上に、青いオーバーオールをまとっている。

オーバーオールは職人の印。自転車屋として仕事に誇りを持っているのだ。それだけに商品に乗れない自分がだんだん重たくなってくる。おまけに親友の写真家が、急な坂を自転車で降りるラウルの写真を所望するに至り、彼は田舎のハムレットと化す。

結果的に彼は清水の舞台から「飛ぶ」のだが、その先は観てのお楽しみ。

実は私は原作の絵本を訳している。絵本の二次元には繊細な線描の魅力があり、映画の三次元には、音に対する感受性がある。自転車の軋みもそうだが、原作にはなかった主人公の父子関係が、セリフではなく沈黙によって表現されることで作品に深みが与えられている。

原作も映画も、自分と折り合いのつかない全ての人に捧げられた大人のファンタジーである。ユーモアのスパイスが効いて、後味は爽やかだ。

文/荻野アンナ 作家

1991年、『背負い水』(文春文庫)で芥川賞を受賞。以後、『ラブレー出帆』(岩波書店刊)、『ホラ吹きアンリの冒険』(文藝春秋刊)ほか、著書多数。近著に『カシス川』(文藝春秋刊)。
『今さら言えない小さな秘密』
監督/ピエール・ゴドー
出演/ブノワ・ポールヴールド、スザンヌ・クレマンほか
2018年、フランス映画 90分
配給/セテラ・インターナショナル 
シネスイッチ銀座ほか全国にて公開中
www.cetera.co.jp/imasaraienai

【関連記事】
原作者・恩田陸と石川慶監督に聞く、『蜜蜂と遠雷』の魅力。
犬を愛する善良な男をめぐる、ダークファンタジー『ドッグマン』。

*「フィガロジャポン」2019年11月号より抜粋

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories