カルチャーベスト2019 BOOKS #02 今年いちばん背筋がゾクッとした、必読の3冊。

Culture 2019.12.26

年末年始は心も身体もゆっくり休めながら、新しい年を迎えるためにエネルギーを蓄える時期。自宅で過ごす人も、帰省する人も、家族やパートナー、友人とヴァカンスに出かける人も、いつもより時間をかけて映画や音楽、本にじっくり浸ってみては? それぞれのジャンルのプロが、2019年に最も心に響いた名作を厳選。恐怖に戦慄し、予想のつかないプロットに驚愕し、絶望が詩に昇華するさまを目の当たりにして心が震える……。背筋をゾクッとさせる珠玉の3冊を、文筆家3人が選びました。

知らない、ということの罪深さに慄く。

『トリニティ、トリニティ、トリニティ』
小林エリカ

選・文:大竹昭子(作家)

来るべき社会では、若者はマイノリティで、マジョリティが高齢者になる。3人に1人が60歳以上だなんて、にわかに信じがたいけれど、そういう現実が近づいているわけだ。その多数派の老人がテロを起こすという話である。しかも彼らにはテロをしているという自覚はない。認知症に似た症状ゆえに何をしているかわからないのだ。これは確信的なテロよりも底知れない恐ろしさだ。

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オリンピックに沸く2020年夏の東京。「見えざるもの」の怒りを背負った者たちが立ち上がる……。世界で初めて原子力実験が行われたアメリカ・ニューメキシコ州のトリニティを10年以上前に訪れてから、このテーマに向き合い続けてきた著者の新作長編。小林エリカ著 集英社刊 ¥1,870

老人たちは放射性物質を含んだ石を持ち歩き、線量が高いものほど執着し、身体中の穴という穴にそれを詰め込み、知らない間に放射能を撒き散らす。ある老人は放射能に汚染された1万円札を2億3,000万円分もばらまき、人々はそれを(汚染されていると知らずに!)狂ったように拾う。知らない、わかっていない、意識していない、ということは、何と罪深いことか。 
表紙に使われている指に炎を灯した写真は、国立新美術館に展示された著者の作品である。哀しくなるほどの切実感を漂わせつつも、凛とした気配を放ち、見つめるうちにぞっとした背筋が伸びてくる。知らなかった、と言わないためにどうすればいいかを考えだす。

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複雑な物語から浮かび上がる、人間のエゴイズムの恐さ。

『サイコセラピスト』
アレックス・マイクリーディーズ

選・文:山崎まどか(コラムニスト)

これは私が好きなタイプの仕掛けがあるミステリー。しかしそう書いておいても、ネタばらしではないから心配しなくてもいい。夫を殺したアーティストの女と、口をきかない彼女の心を開かせようとする心理療法士(サイコセラピスト)。その対峙の果てにある結末は、相当な推理小説ファンであってもまず予測がつかないのではないだろうか。

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心理療法士のセオは、夫を射殺した画家のアリシアの担当に志願する。抑圧的な父のもとで育ったセオは、ずっと沈黙する彼女の口を開かせることができるのは自分しかいないと思い、彼女と粘り強く向き合うが……。アレックス・マイクリーディーズ著 坂本あおい訳 早川書房刊 ¥2,090

ギリシア神話の『アルケスティス』を織り込んだプロットには、人間の複雑さが見える。何よりもエゴイズムの恐ろしさについての物語であり、そこにゾクッとさせられる。私の脳内キャスティングではアーティストのアリシアはアンドレア・ライズボロー、セラピストのセオはミキール・ハースマン。

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小説の魅力に、魂を乗っ取られる。

『掃除婦のための手引き書』
ルシア・ベルリン

選・文:瀧 晴巳(フリーライター)

夜の底を光りながら切り裂いていく流れ星のようだ。24の短編を読みながら、彼女の魂が明滅する一瞬一瞬が、私の中にもくっきりと刻まれていく。ニューメキシコのコインランドリーで、インディアンのトニーに彼女は言う。「わたしが生まれてはじめて吸った煙草はね、さる王子様が火をつけてくれたのよ。信じる?」「信じるよ。火いるかい?」。たぶんあまり笑わない彼女が誰かと笑い合う時、胸を衝かれてしまうのは、どこにいても、この人がよそ者みたいに生きているせいだろうか。

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名だたる作家たちに影響を与えながら、死後10年経って「再発見」された作家ルシア・ベルリン。自身の人生から紡ぎ出された短編の数々から24編を収録した、初の邦訳作品集。ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳 講談社刊 ¥2,420

小説に魂を乗っ取られるという体験を、久しぶりにした。『突然炎のごとく』でジャンヌ・モローにシビれた時みたいに、くわえ煙草でルシア・ベルリンを気取りたくなるのだ。波乱万丈な人生を生きたからといって、そのまま書けば、小説になるわけではないだろう。ままならない現実を受け入れているようで、どうしても譲れない私を生きている。だからこそ、孤独も絶望も一片の詩になった。気がつけば、彼女のせりふを、よく知っている大切な歌みたいに口ずさんでいる。

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