おいしい想像が膨らむ短編集『海と山のオムレツ』。

Culture 2021.02.13

生きる喜びの味を集めた、いい匂いのする短編集。

『海と山のオムレツ』

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カルミネ・アバーテ著 関口英子訳 新潮社刊 ¥2,090

おいしそうなタイトルと装画に惹かれて手に取ったこの本。海で食べるオムレツや、山で食べるオムレツのことが書いてあるんだろうか。イタリアの短編集だそうだから、他にもおいしそうな食べ物が出てくるのかな。

読みはじめると、一話目でいきなり表題のオムレツが出てきました。著者のカルミネ・アバーテが七歳だったある夏の日、海辺の村の遠い親戚の家でお祖母さんが焼いてくれたのは、生みたての卵に、腸詰めと赤玉ねぎを刻んだもの、サルデッラ(しらすに赤唐辛子を混ぜてねったペースト)、オイル漬けのマグロ、パセリが入った、つまり海と山の幸のオムレツでした。オムレツを焼くお祖母さんの手つきが、カルミネ少年の目で描かれています。

「大きな器の縁に卵をこつんとぶつけて割り入れ、そこにすべての材料を加え、フォークを使って驚くほどのスピードでかき混ぜる。フライパンにひいた油がぱちぱちと音を立てはじめるのを待って、祖母は混ぜた材料を丁寧にあけると、言った。『きっとおいしくできるよ』」。

油がはぜるということは、オリーブオイルは相当たっぷりだろう。しかも土地で採れた輝くばかりに新鮮なオイルだ。そうしてふたりは、陽光あふれる岬に出かけ「どこまでがオムレツでどこからがパンかもわからない」オリーブオイルがたっぷり染みた海と山のオムレツサンドを朝ごはんに食べるのだ。

彼がかぶりついたその瞬間、生唾があふれ……身体中で私はその味を求めているというのに、頭の中では子どもの頃の祖母の海苔巻きや、折々を過ごしてきた家族との幸せな思い出が蘇ってくるのでした。二話、三話と読み進めていくにつれ、料理とともに成長していくカルミネ少年。すっかり影響されてしまった私は近頃、まだ行ったことのないイタリアの、民族の香りのする料理ばかり作っています。

文/高山なおみ 料理家・文筆家

1958年、静岡県生まれ。近刊に絵本『それから それから』(リトルモア刊)、『みそしるをつくる』(ブロンズ新社刊)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版刊)、『気ぬけごはん』(暮しの手帖社刊)など。

*「フィガロジャポン」2021年2月号より抜粋

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