映画に学ぶひとり親家庭の貧困、私たちにできることとは?

Culture 2021.04.09

公開中のアイルランド映画『サンドラの小さな家』は、夫によるDV被害を経て、自らの力で子どもたちのために家を建てることを決意するシングルマザーの奮闘を描く物語だ。監督は『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で、女性の本質的な強さを題材にしたフィリダ・ロイド監督。この度、映画の公開を記念し、日本の女性たちのエンパワメントを牽引する活動を行う日本ロレアルの楠田倫子さんと、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さん、そしてロンドン在住のロイド監督によるスペシャル鼎談が開催された。「まずは自身の足で一歩進むこと」をサポートする社会を目差し、意見交換した3人の言葉をお伝えしたい。

210408-hs_1_29-4_0393.jpgヒロイン、サンドラを演じるクレア・ダン自身(写真左)の親友が、夫の暴力が原因で一時的にホームレスとなった出来事に衝撃を受け、アイルランドの様々な現状をリサーチし、自ら脚本を書いた映画。右が、フィリダ・ロイド監督。

210408-photo.jpg写真左から:女性のエンパワメントやヘルスケア関連の活動も行っている辻愛沙子さん。日本ロレアルの楠田倫子さんは、シングルマザーにビジネスマナーやパソコンスキル講座などのプログラムと働く機会を提供している。オンラインでイギリスから参加したロイド監督と3人の鼎談が行われた。

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日本のシングルマザーと状況は変わらない。

シングルマザーの就業支援を行っている日本ロレアルの楠田さんは、この映画で描かれているサンドラの状況と、日本の多くのシングルマザーたちの状況が似通っていて、海をこえても共通の課題であると感じたという。

楠田「支援を通して出会う方々は、家族、友人、職場がないことで、社会から孤立化されてしまっている。サンドラも最初はそう。監督は、物語のリアリティをとても工夫されたそうですね」

ロイド「主演のクレアは、ダブリンのワーキングクラス出身で母親も掃除婦でした。また、彼女の友人が主人公に近い状況になったことが映画のきっかけとなっています。私自身も、女性だけのシェイクスピア劇を行う劇団を主宰していて、刑務所で服役している女性たちとワークショップでシェイスクピアの劇を発表してきました。彼女たちはDVを受け続けたことで、社会から孤立し、もうこれ以上、我慢できないと強く反応した結果、服役する事態になった人が多い。その経験を、非常に重視して演出しました」

社会派クリエイティブを掲げ、広告業界に留まらないフィールドで活躍する辻さんは、劇中で被害者であるサンドラを守るべきものとして機能していない社会のルールの描かれ方に、考えさせられる点が多かったという。

「サンドラの離婚を巡る裁判で、裁判官がサンドラに“なぜ、(こういう状況になる前に)もっと早く家を出なかったのか”と質問する場面があります。サンドラは“ではなぜ、彼が私を殴ったのか、彼に聞いて”と反論しますね」

ロイド「実際にイギリスでも、そういった環境から逃れようと決意したとき犯罪にまでエスカレートするケースが多く、DVの被害者が加害者として、虐待をしているパートナーの前に立ち裁判に出なくてはいけない状況があります。そこで、裁判官からの愚かな質問を受けることになる。明らかに、逃げる場所がなかった、行く場所がなかったためなのに。映画でも、そういうことにまず光を当てたかったのです」

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主人公は被害者ではなく、勇気がある女性たち。

監督が、アイルランドの女性支援組織、ウーマンズエイドに属するDV元被害者、元経験者の女性たちから助言されたのは「決して、女性たちを被害者として描かないでほしい」ということだった。家庭に留まるのも、出ていくのも、勇気ある女性たちの選択だ。

ロイド「主人公サンドラを演じたクレアも、女性たちに希望があることを見せたかったと語っています。サンドラは勇気と不屈の精神があり、自分自身の手で一歩、前に出る。そのことをこの映画を見る多くの女性たちに伝えたいです」

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サンドラの夫、ガリーの人物像の描写は最低限に抑えられている。「暴力をふるう理由について言い訳をさせないため」と監督。とはいえ、脚本には彼にも穏やかだった時期があり、その頃の夫が懐かしいという場面や、彼の父親からの暴力の連鎖であることも示されている。

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製作スタッフの男女比は50:50

フィガロはこの映画の製作スタッフの男女比に着目し、その背景について監督に尋ねた。映画界はこれまで男性社会で、特に撮影部、特機部、車両部は男性スタッフの数が圧倒的に多かったが、いまヨーロッパの映画の助成金システムにおいて男女比50:50を条件とする基金が増えているという。

ロイド「私自身、女性スタッフだけの演劇を多く手掛けてきたし、『マンマ・ミーア!』の時は、メリル・ストリープをはじめ女優の多い現場でした。『サンドラの小さな家』も私の他に、製作、衣装デザイン、プロダクション・デザイナーほか、編集、作曲、キャスティングと主要スタッフは女性です。日本映画は男女比50:50の導入で、これまでのやり方が壊れると恐れをなす人もいるかもしれませんが、大丈夫です。男女比50:50を導入しても日本映画は終わりません(笑)。むしろ、映画製作によい効果をもたらすことを、実践者からお伝えしておきましょう」

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映画は、暴力を繰り返す夫から逃れることを決意したサンドラの行動から物語が始まる。女性支援グループの支援でホテルに仮住まいするが、勤務先には遠く、公営住宅の空きは、何年待たなければならないのか、わからない。昼間は掃除婦、夜はパブと、仕事の掛け持ちをするが、疲労が厳しく、ふたりの娘とのゆっくりした時間も取れない。この状況から脱したいと、自らの手で家を建てることを計画したところ、思わぬところから支援の申し出がやってきて……。

 

 

『サンドラの小さな家』
●監督/フィリダ・ロイド
●共同脚本/クレア・ダン、マルコム・キャンベル
●出演/:クレア・ダン、ハリエット・ウォルター、コンリース・ヒル
●2020年、アイルランド・イギリス映画
●97分
●配給/ロングライド
●新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中
©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
https://longride.jp/herself

texte:YUKA KIMBARA

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