【立田敦子のカンヌ映画祭】脚本賞『ドライブ・マイ・カー』濱口監督にインタビュー。
Culture 2021.08.24
村上春樹の同名短編小説の映画化である『ドライブ・マイ・カー』で、第74回カンヌ国際映画祭の脚本賞(大江崇充と共同脚本)を受賞した濱口竜介監督。昨年9月に開催された第77回ベネツィア国際映画祭では、脚本を手がけた黒澤清監督の『スパイの妻〈劇場版〉』で監督賞(銀獅子賞)を受賞。今年の2月に開催された第71回ベルリン国際映画祭では、脚本・監督を手がけた『偶然と想像』で審査員大賞(銀熊賞)を受賞している。国際的な注目度が高まる、日本映画界の気鋭に話を聞いた。
脚本賞受賞のトロフィーを掲げる濱口監督。©Kazuko Wakayama
――『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の同名短編小説が原作ですが、この小説のどの部分に惹かれて映画化を考えたのでしょうか。
元々は、プロデューサーの山本晃久さんから提案された村上春樹さんの短編小説が別にありました。でもそれは映画化が難しいなと思うところがあり、この小説を提案しました。「ドライブ・マイ・カー」は2013年に読んだのですが、自分と響き合うところがあったんです。僕が映画のテーマとして扱ってきた「演じる」ということについても共通していると思いました。
――基本的な主人公の設定以外は、かなり大胆に脚色されていると思いますが、脚本化の過程はどのようなものだったのでしょうか。
基本的に短編の内容そのままでは2時間の映画にはならないので、膨らませていく作業が必要です。ある種の立体感というか、時間と空間に広がりを持たせなければならない。短編に書かれている部分の前や後にどんなことが起こったのか、登場人物たちはどうやって生きているのか、といった広がりを加えていく必要があります。「ドライブ・マイ・カー」は、『女のいない男たち』(文藝春秋刊)という短編集に収められているのですが、短編集にあるほかの作品も親和性があると思い、「木野」と「シェラザート」という短編小説の要素も取り入れています。
――村上春樹さんからは、映画化にあたって具体的な要望はあったのでしょうか?
一切なかったですね。最初にお手紙を書いて、映画化の許可をいただき、その後も改稿の度にお送りしていますが、許諾を一度いだだいてからは、内容に関しては何も言われたことはないです。
――完成した映画はご覧になったのでしょうか?
まだだと思います。公開されたら、地元の映画館で観ますとおっしゃっていただきました。
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――原作では、主人公の家福は脇役を多く演じている「性格俳優」であり、「顔はいささか細長すぎるし、髪は若いうちからもう薄くなり始めていた。主役には向かない」という描写があります。西島秀俊さんのイメージとは違いますが、キャスティングのポイントはなんだったのですか?
単純に、主人公として西島さんがぱっと思い浮かんだんです。後に読み直してみたら、小説の中の家福とは容姿が全然違いました。でも僕にとって、西島さんは村上春樹的な主人公像に非常に合っていると思ったのでお願いしました。
広島では、専属運転手のみさきが主人公の家福を送迎する。
――「村上春樹的」というのは?
ニュートラルということですかね。前に出すぎることはないけれど、自分というものがない人間でもない。思っていることはあっても、あくまで外界からの反応に応じて、何かが出てくる。西島さんも、自分から何かを仕掛けていくというより、外からの刺激に反応していく俳優ではないかという気がしたんです。
――映画では、家福が国際演劇祭のために演出する舞台が多国語演劇とあって、さまざまな国籍の俳優がキャスティングされていますね。
キャスティングはうまくいったと思います。いちばん大事なのは、役と合う人にお願いすること。それがすべてのキャストにおいてできた。インターナショナルなキャスティングは経験がなかったので手探りでした。もともと韓国で撮影する予定だったので、韓国の俳優に関してはリアルのオーディションを行い、台湾やフィリピンはオンラインでのオーディションになりました。オンラインでできるのか不安はありましたが、顔を見ることができ、声も聞いて、人間性を感じることができました。結果としては、うまくいったと思います。
――コロナ禍のため広島で撮影することになったそうですが、もともとは韓国の釜山を予定されていたそうですね。なぜ、この物語を釜山で撮ろうと思ったのですか?
車が走りやすいところだったからですね。原作通り東京が舞台だと、車の撮影は望むような形でできないと思いました。また、僕の中で村上春樹さんの小説はどこか無国籍のイメージがあるので、車で行ける場所、つまりフェリーに車を乗せて行ける最も近い外国ということで、釜山を選びました。それに、国際演劇祭が開催されているという設定も説得力があると思ったんです。幸い、広島も国際的に有名な場所なので、思わぬ形で説得力が生まれたと思います。
――カンヌ映画祭で上映して、新たにこの作品について感じたことはありますか?
この作品は「演技」というテーマについての作品でもあるんですが、僕は昔、自分の映画における演技というものが海外に伝わることに関して懐疑的だったんですね。観客は日本語がわからないのに、演技を理解するってどういうことなのか、不思議に思う気持ちが以前からありました。ただ、むしろ自分が現場で感じていることに非常に近い感想をもらうことも多くて、海外の人は日本語の映画を字幕で観るわけですが、言葉での情報が少ない分、海外のほうが日本の観客よりも身体で受け取っているものが大きいのかな、と思うようになりました。多くの反応をいただいて、むしろ言葉がわからないことで伝わる演技の本質というのはあるのではないかと、いままで以上に感じています。
●監督・共同脚本/濱口竜介
●出演/西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいかほか
●2021年、日本映画
●179分
●配給/ビターズ・エンド
●TOHOシネマズ日比谷ほか、全国にて公開中
text:Atsuko Tatsuta