Music Sketch

『この世界の片隅で』を経た、コトリンゴの新作『雨の箱庭』インタビュー

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2016年11月に公開され、口コミから大ヒットしたアニメーション映画『この世界の片隅で』(片渕須直監督)。コトリンゴは、重要な役割を果たしたサウンドトラックが高く評価され、第40回日本アカデミー賞優秀音楽賞をはじめ、複数の音楽賞を受賞。2017年にはサントラ発売記念ライヴと題して、計15本の全国ツアーを行った。そして今月、約3年半ぶりのオリジナル・アルバム『雨の箱庭』をリリース。ライヴと制作の時期が重なり、モードの切り替えに苦労したというが、自身が設立した新レーベル「koniwa」からのリリースとあって、制約のない中での作業はとても楽しかったようだ。

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届いたばかりの最新アーティスト写真。自身のレーベル「koniwa」を設立し、最新アルバム『雨の箱庭』をリリース。

『雨の箱庭』を聴いて、まず感じるのは生楽器の豊かさ。これまでのストリングという印象に、『この世界の片隅で』でふんだんに使われていた管楽器の暖色系の音色が加わった。また音源のみで聴く「漂う感情」は、TVドラマ『100万円の女たち』(2017年)の主題歌としてエンディングに映像と流れていた時とは別の感覚で聴くことができ、ドキュメンタリー映画となった『LIGHT UP NIPPON −日本を照らした奇跡の花火−』(2012年公開)のために書き下ろした珠玉の3曲も収録。『この世界の片隅に』を経たコトリンゴの今の姿に過去の未収録曲も入った、まるで玉手箱のような音楽の箱庭になっている。

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坂本龍一に見出され、2006年にデビュー。これまでにカヴァーを含め9枚のソロアルバムを発表。

■コトリンゴ自身のリアリティを感じさせる歌詞に

― アルバムはインストゥルメンタルの「雨あがる」からはじまります。楽器のようなコトリンゴさんの優美な声とピアノ演奏が寄り添い、これまでのファンも新しいファンも入りやすいオープニングにふさわしい楽曲ですね。『雨の箱庭』というアルバムタイトルなのに、1曲目で雨があがってしまうところがコトリさんらしい(笑)。

コトリンゴ(以下K):(笑)。その流れは、なつみさんに突っ込まれるかと思っていました。あんまりストーリー性がないように思ってもらえると嬉しいです(笑)。1曲目はピアノだけの曲にしようと思ったんですけど、声を入れると完成するなと思って、曲調的にはフワ〜って光が差し込む感じに思っていて加えていきました。

― ヴァイオリンのスタッカートから始まる「迷子になった女の子」。これは自分のことを歌っているの?

K:とある女性のエッセイを読んでいるうちに、自分のことを考えてしまって。私の中には、小さい頃からずっと変わらない自分がいるんです。私に子供がいないっていうのも大きいのかもしれないですけど、いつまでもなんだか(子供のように)ふわふわ甘えたことを言っていたら、周囲から“はぁ〜っ”ていう目で見られるなって感じたりして。そんな思いから書きました。

― 制作していた6月に雨が多かったということもあって、雨にちなんだ曲が多いですが、「雨をよぶひと」はフリューゲルホーンやコルネットの音色の温かさや、珍しくギターソロが入っていたり、コロコロ曲調が変わっていくのが楽しいですね。

K:野外イベントなどがある日に、雨だとやはり大変なのですが、そんな時でも楽しめる歌になるといいなと思って。雨男・雨女といわれてしまう人を擁護したい気持ちと、あと傘はイメージ的にすごく好きなので、傘を持って踊れるような曲がいいなと思って書きました。

― ということは、コトリさん、ステージで踊るの?

K:ダンサーを募集中です(笑)

ソロライヴの演奏から「たんぽぽ」(オリジナルサウンドトラック『この世界の片隅に』より)

― 「To do」がまさにそうなんですが、全体的にリアリティというか生活感というか、ファンタジー過ぎず、“今”に目を見据えた歌詞が増えましたね。

K:そうですね。締め切りに追われてファンタジー的な気分に浸る余裕がなかったこともあるんですけど(笑)。この曲は“カッコイイ感じの曲調にしたいな”というのが最初にあって、曲ができてから“歌詞は何がいいんだろう”と思った時に、大人びた恋愛の世界なのか、でもそれは自分ぽくないような気がすると思って、“リアルな生活感を入れてみようかな”と思ったんですね。カッコイイ曲を書きたいなと思っているのに、現実はお布団を干したりしている、そのギャップがいい感じに作用しないかなと思って。

― 「林檎」は?

K:もともとメロディを作るために自分の好きな詩集の英語の文章をちょっと当てていたんですけど、実際に自分で“何を歌おう”ってなった時に、その詩のテーマが林檎だったので、そこから膨らませました。世の中を見ていても自分の生活でも人とのコミュニケーションなどに世知辛いところがあるから、その思いを林檎に託した感じです。持ち物もそうですが、どんぐりの背比べ的なところで、なんかやきもきしているなと思って。私自身、“ちょっと離れて見ないといけないな”って思うことがあったりして。

■好きな楽器、好きな演奏家のために、より素敵に魅せられるアレンジを

― サウンド面でいえば、今回は曲全体を見据えたアレンジャー、プロデューサーという視点で作品作りを楽しんでいる気がしたんです。

K:そうですね。生楽器での録音が多かったので、最初は結構自己流でアレンジして、“木管はこういうのを吹けるんだろうか”とか、いろいろ考えたり調べたり聴いたりしながら作ってて、そうするうちに、それぞれの楽器をすごく好きになってしまって、しかも好きな音楽家に出会ったおかげでその楽器もその人もさらに好きになって、幸せを噛み締めつつ作業していました。“この楽器をどうやったら素敵に魅せれるかな”とか、いろんな組み合わせで生まれるサウンドとか考えるのが楽しかったですね。

― その楽しさは曲を聴いていてたっぷり伝わってきます。譜面を書いていっても、スタジオのセッションで変わることはありました?

K:多少はあったかもですね。このアルバムの作業ではなかったんですけど、例えばフリューゲルホルン(金管楽器)とサックス(木管楽器)のハーモニーで、オクターブのユニゾンだと綺麗に音が鳴るんですけど、音をハモらせるハーモニーとかだと、実は混ざりが悪いというのを知らなくて。

― 2音違いとか3音違いとか?

K:そうですね。ただ、テナーサックスの副田整歩さんが元々クラシックの方でいろんな音色を吹けて、ぱきっとしたジャズ寄りの音だけではなくて、柔らかい音も鳴らせる人なので、そうすると少し音がまろやかなフリューゲルと近くなったりして。あと、アレンジとしては拙くても、弾いてくれる人の表現力でカバーしてもらうみたいなことが結構多かったり。

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アレンジャーとしての才能も発揮。左の譜面は仮タイトルのままの「迷子になった女の子」、右は「雨をよぶひと」

― 「To do」のフリューゲルホルンの使い方が気になりました。

K:12月の東京・恵比寿ガーデンホールでのライヴにサックスとトランペット奏者をお呼びしたいと決めていたので、この曲はライヴを意識してホーンセクションをどうやって入れようとか、今までにない感じで書いていたんです。

― ウグイスも鳴いていますが(笑)、チューバを含めた「林檎」でのホーンのフレーズも面白いです。

K:自分のデモではトロンボーンとトランペットで、サックスみたいにクネクネ動くラインでハーモニーを作ってしまって。この曲のレコーディングにトランペットで参加していただいた田中充さんは上手い方だから全然問題なかったんですけど、「サックスみたいなラインだな」って言いながら吹いてくれて、“あ、そういえば……”って思いました。

■過去の楽曲など、それぞれ育ってきたものを箱庭に詰めて

― 実は最初に聴き込んでしまったのは「漂う感情」で。TVで聴いていたのとは全然と違う雰囲気で入ってきました。ドラマも野田洋次郎さん主演だったので見ていましたが、「漂う感情」というのは野田さん演じる小説家・道間慎が書いた小説の題名ですよね。

K:はい。曲を作るにあたってプロデューサーからの注文は(以前テレビドラマ用に書いた)「誰か私を」のイメージで、ということくらいで。もらっていた「漂う感情」というタイトルが持つイメージがすごく好きで、作者の方(青野春秋)が小説のあらすじをfacebookに載せていらしたんですけど、それは曲を書く時には読まずに、映像も同時に撮っていらしたので見てなくて。主人公の道間さんが“この小説では誰も死なない”と言っていたので、小説より、『100万円の女たち』という作品の雰囲気とか道間さんの雰囲気とか、全部を含めてその世界観を出せたらいいなと思って書きました。

― “シンフォニー”や“指”という言葉は自分の中で?

K:そうですね。小説を書いたり、曲を書いたり、何か作品を作る人はすごいパーソナルな空間で作っているのに、例えば道間さんだったら、急にブレイクして華やかな場所に出ていって……。そのギャップを考えていたり。

― それは自分にも通じるのものでは?

K:(笑)。

「漂う感情」

― コトリさんの曲はストリングスが入ってくると、“あぁ、コトリさんの曲だ”ってホワッとするというか安堵するというか。ここでの歌のキーも「迷子になった女の子」や「雨をよぶひと」ほどではないですが、やや高いですよね。

K:ヴィオラの音色がとても好きで、もっと素敵に楽器が聞こえるようなアレンジにしようと努めました。キーも意識したかもしれないですね。

― LIGHT UP NIPPONの3曲がどれもとても良くて、また最初から繰り返して聴いてしまうほど、いい流れになっていると感じました。

K:嬉しいです! このサントラを後で聴いたら、わりと好きな曲がいっぱいあって。当時、所属していたレーベルからはサントラとして出す予定はなかったのでそのまま月日は流れていたのですが、プロジェクトサイドから今回のアルバムに入れることの許可がもらえて実現しました。

― 「wataridori」はポップですね。

K:はい。このプロジェクトの仲間が1つの目標に向かっていろんな困難を乗り越えながら進んでいくような曲が書けたらいいな、と思っていて。だから暗い中とか、渡り鳥がずっと飛んでいるイメージがあって。「hanabi」はちょっとだけ唱歌というか、「赤とんぼ」を使うというのは知っていたので、(柿本ケンサク)監督さんからも“包み込むような歌が欲しい”と言われたような気がするんです。被災された人の気持ちを考えるとリアルなところまではわかりづらくもあって、中途半端な曲を作るわけにもいかないので、悩みながら書きました。

― これは現在のコトリンゴさんのベスト盤と言えるような充実の内容に思えますが

K:箱庭……(小声で)。

― (笑)。それで箱庭にしたの?

K:はい(笑)。スピードは違うんですけど、それぞれが育って。中にいたら、なんかモシャモシャしてるなって気になるんですけど、遠目で見ると1つの世界に見えるようなものができればいいかなと。あと、ライヴのフライヤーを描いてくださっている石田敦子さんにお願いした、アートワークもブックレットの絵もすごく素敵なので、ぜひ見ていただきたいです。私はここに描かれているちょうちょちゃんがすごく好きで。絵がぼけてる感じは見えたり見えなかったりする妖精感を出したかったらしいです。

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『雨の箱庭』
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コトリンゴさんのHPはコチラ→http://kotringo.net/ktrng/index.html

《コトリンゴ 10周年記念にまだまにあいますか?&アルバム発売記念ツアー》
11月23日(木・祝)大阪・ビルボードライブ大阪 
   *band ver.コトリンゴ(vo & pf)/鈴木カオル(drums)/須藤ヒサシ(bass)
11月25日(土)高知・蛸蔵
11月26日(日)愛媛・松山モノリス
12月3日(日)名古屋聖マルコ教会
12月23日(土・祝)東京・恵比寿The Garden Hall
  *special band ver.コトリンゴ(vo & pf)/鈴木カオル(drums)/須藤ヒサシ(bass)/副田整歩(sax)/川上鉄平(tp)
2018年2月16日(金)兵庫・兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール
*special band ver.コトリンゴ(vo & pf)/ 鈴木カオル(drums)/ 須藤ヒサシ(bass)/ 副田整歩(sax)/ 田中充(tp)
and more!!!

*To be continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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