主役は編み物。詩情溢れるドキュメンタリー映画『YARN 人生を彩る糸』
Music Sketch
『YARN 人生を彩る糸』はとてもポエティックなクラフト・アート・ドキュメンタリー映画だ。アイスランドの女性監督ウナ・ローレンツェンが、編み物を通じて表現する4組の女性アーティストを紹介している。その作品や彼女たちの生き様に魅せられ、アニメーターでもある監督のカラフルな糸を使った遊び心あるアニメーションにも和み、脚本を読んで感銘を受けたというアメリカのベストセラー作家バーバラ・キングソルヴァーが、自身の短編小説『Where It Begins(始まるところ)』から引用した言葉を朗読する、その言葉一つ一つにも惹きつけられる。編み物は広大な自然の風景から街の日常までにも溶け込んでいき、ローレンツェン監督にとって初の長編映画とあって、細やかな愛情がこの作品に鏤められているのが映像から伝わってくる。
冒頭で“YARN”という言葉は、名詞では「織物や編み物に用いる糸で、天然繊維や合成繊維を紡いだもの」、動詞では「よくできた冒険譚をたっぷりと話すこと。面白い話をすること」と意味を持つと、紹介される。そして、「すべての始まりはもちろん羊と草。地球は気を揉み、夢を見ながら、黙って編み物をする」と、バーバラ・キングソルヴァーの言葉が導入部となる。
■街や野外に飛び出したクラフト・アートの魅力とメッセージ
1981年にアイスランドに生まれたティナは、ヤーン・グラフィティ・アーティスト。曽祖母や祖母から継承したかぎ針編みが相棒だ。彼女は、「ずっと家の中にあった女性の手仕事を街に引っ張り出すこと。街のエネルギーは男性的で尖った角や灰色だらけ。そこに家から連れ出した女性のエネルギーを持ち込むの。女性のエネルギーは明るくて優しく温かく、カラフルよ」と、家にあった伝統的なカラフルなニットをゲリラ的に街中に飾ることでメッセージを投げ込んでいく。バロセロナやキューバへも渡り、その地で出逢った色を加えるなどして、独自の作品を作り続けている女性だ。
街にカラフルなニットを編み込みんでいくティナ
1978年にポーランドに生まれたオレクは社会主義の国を嫌い、大学を卒業するとニューヨークへと飛び込む。ブルックリンを拠点にしながら、アートやクラフト、ファッションといった垣根を超えて、オレクが編んだ全身ニットに身を包んだ集団と街を闊歩するなどして、公共スペースでも作品を発表。かぎ針編みで制作したニットを着たマーメイドが、海の生物たちと触れ合おうとするシーンも美しい。「かぎ針編みは私の言葉なの。これでコミュニケーションをとり、アイデアを形にする。私は宇宙に存在するものをこうして形にしているだけなの」と話す。オレクは4組の中でも編み物をアートとして認めさせたいという意志が強く、女性の権利や男女平等、表現の自由といったことを、作品を通してサポートしている。
オレクはファッション、アート、クラフトを超えた作品を発表している
■人生のメタファーとして糸を重視、演奏にも糸を使用
ティルダ・ビョルフォスは、スウェーデンの「サーカス・シルクール」の創立者であり芸術監督だ。パリ滞在中に観たヌーヴォー・シルクに触発され、若いアーティストたちと1995 年にこのコンテンポラリー・サーカスを立ち上げた。スウェーデン政府のサポートもあって世界各国で公演を行うようになり、日本にも2001年と05年に来日している。一方で、1997年からはスカンジナビア初のコンテンポラリー・サーカス教育をNPO団体としてスタートし、子供から老人まで、初心者からプロフェッショナルまで、障害がある人もない人も一緒に訓練を行っているという。
この映画で紹介されている“安らぎを編む” という意味の「Knitting Peace」公演は線と糸だけを使って舞台を構成、舞台美術はすべて白で編まれたもので統一され、サーカスの道具類も“編まれたもの”を重視しているという。パフォーマーのアレックスが「編み物というよりロープと糸がテーマだ。糸はいろいろなものの象徴であり、人生のメタファーだ。単なる1本の意図でもあり、もつれあうこともある。整然とした模様にも入り組んだ模様にもなる」と話すように、ダンサーたちもその意味を深く理解してパフォーマンスに臨んでいる。
堀内紀子は自分の名前「紀」を、「糸」と「己」が合わさったものと理解して生きてきたように、この4組の中で最もキャリアが長く、テキスタイルの彫刻制作を経て、布と人間との関わり合いに着目してきた。1979年にハンモックの遊具を発表したのを機にカラフルなナイロンの糸で手編みされた遊具制作に時間を割き、現在は「人のために作品を作る」と、未来を担う子供達の想像力を刺激し、工夫して遊べるようなネットの遊具を世界中で作り続ける。どの女性たちの生き方も作品もパワフルで個性的でエネルギーが伝わってくるようだ。
見知らぬ子供たちが遊ぶうちに友人になってしまうという、堀内紀子が編むネットの遊具
■音楽はアイスランドの気鋭の音楽家オルン・エルドゥヤルンが担当
そして、バックに流れている音楽もこのクラフト・アート・ドキュメンタリーにとても合っていて、ストリングスのスタッカートは編み物の作業を表現しているようだし、弾んでいるように感じさせるスパニッシュ・ギター演奏時のハーモニクス奏法も気分を盛り立てる。
音楽を担当するオルン・エルドゥヤルンは、アイスランドにある有名な絶景の一つであるスヴァルヴァザール谷で生まれ育った。それゆえ、自然界からインスピレーションを得て曲作りすることが多いそうだ。幼少時から音楽教育を受け、ギターをメインとしつつ、トロンボーンやピアノなども習得し、バンド活動しながら作曲活動も開始。大学では、ヒルマル・オウルン・ヒルマルソンを師として勉学。ヒルマルソンはアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた『春にして君を想う』(1991)の音楽を担当し、『Angeles Of The Universe』(2008)の音楽ではシガー・ロスの協力を経て制作したことでも知られる。エルドゥヤルンは、現在は作曲家、編曲家の他にもユニークなサウンドを生かしたギタリストとして多くのバンドに参加しているようだ。
ユーモアにも溢れ、ほっこりするシーンが多い
■心地よくてポジティヴ、カラフルで詩的に探求する糸についての映画
ティナは「手芸の素晴らしさはヨガに通じるものがある。とても心が落ち着くし、私たちの人生みたいにひと編みひと編みに意味があるの。ゴールに近づいていくものだから。完成までを思えば編み目ひとつはあまりにも小さい。でもそこで心を落ち着け、前に進むことを学ぶの。ただ無心に続けた先にだけ得られるものがあるのよ」と話していたが、私も編み物が好きなので、無心になるという気持ちはとてもよくわかる。
ウナ・ローレンツェンが監督は、この『YARN 人生を彩る糸』を「本作は終わりなき糸の可能性、心地よくてポジティヴ、カラフルで詩的に探求する糸についての映画です」と説明する。“YARN=人生”と解釈できる、素敵なドキュメンタリー映画だ。
http://yarn-movie.com/
© Compass Films Production 2016
提供・配給:ミッドシップ+ kinologue
全国順次公開中