Music Sketch

主要部門の意義が問われた第60回グラミー賞

Music Sketch

今年のグラミー賞は第60回という節目もあり、音楽番組のショーという面での豪華な共演が際立った。司会のジェームズ・コーデンを筆頭に、トランプ大統領についてからかう場面や、名指しはしないものの批判する発言が目についたが、音楽を好む一般的なアメリカの家庭ならばTVの前に揃って楽しめる内容になったのではないだろうか。

オープニングは、ノミネートされた7部門中どのくらいの数を受賞するか注目の集まるラッパーのケンドリック・ラマー。「THIS IS A SATIRE(これは風刺だ)」とスクリーンに文字を映し出しながら、ボノ(U2)やデイヴ・シャペル、和太鼓隊などと力強く、長めに4曲ほどパフォーマンスした。

A-musicsketch-170207.jpg

笑みを浮かべることなく、息を呑むようなパフォーマンスで圧倒したケンドリック・ラマー。

一方、ラテン音楽史上最大のヒットを記録したルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキーをはじめ、リアーナはDJキャレドとブライソン・ティラーと、ブルーノ・マーズはカーディ・Bとヒット曲を披露して、ステージをカラフルで華やかなパーティ会場へと一変。また、マーク・ロンソン&レディー・ガガ、サム・スミス、ピンク、エルトン・ジョン&マイリー・サイラスなど、それぞれの見せ方でじっくりと歌を聴かせた。今回15年ぶりにニューヨークで開催とあり、“レナード・バーンスタインに捧ぐ”としてベン・プラットが、“アンドリュー・ロイド=ウェバーに捧ぐ”としてパティ・ルポーンがミュージカルの名曲を熱唱するシーンでも魅了した。

B-musicsketch-170207.jpg

ダンサーと踊るルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキー

C-musicsketch-170207.jpg

リアーナも歌にダンス、衣裳でも艶やかに

D-musicsketch-170207.jpg

マーク・ロンソンと向かい合って共演したレディー・ガガ

E-musicsketch-170207.jpg

共にLGBTに深い理解を示すエルトン・ジョン&マイリー・サイラスの共演

■命を尊ぶ音楽が心を打つ。

2017年の音楽シーンを振り返るにあたり、マンチェスターで起きた爆弾事件とラスベガスの銃乱射事件という、テロがコンサート会場に残した傷跡は忘れてはならないものだ。2月1日放送のNHK-FMの番組「ゆうがたパラダイス」に出演した際も喋ったけれど、特に印象に残った1つが双方の会場で亡くなった犠牲者への追悼コーナーだ。ラスベガスの「ルート91カントリー音楽祭」に出演していたマレン・モリスとエリック・チャーチ、ブラザース・オズボーンがエリック・クラプトンの「ティアーズ・イン・ヘブン」を歌ったが、この曲はクラプトンの息子が4歳の時に不慮の事故で亡くなり、音楽に救いを求めて書いた名曲。歌っている間に、背後に掲げられた故人へのメッセージボード一枚一枚に静かに明かりが灯されていく様子も心に沁みた。

F-musicsketch-170207.jpg

事件現場にいたアーティストたちの歌声に会場が神聖に癒されていった。

前年から今年初めまでに亡くなったミュージシャンや音楽関係者を追悼するコーナーでは、順に紹介されていく最後に、自殺で命を落としたチェスター・ベニストン(リンキン・パーク)の写真と歌声が流れ、そのままロジック feat.アレッシア・カーラ&カリードによる歌「1-800-273-8255」のパフォーマンスへ。この歌のタイトルはアメリカ政府が提供する自殺防止ホットラインの電話番号で、舞台にはこの番号と「You Are Not Alone」と記したTシャツを着た人々が並んだ。過酷な家庭環境で育ったロジックは最後に時間ギリギリまでメッセージを告げた。
「(前略)胸を張って捕食者たちを踏みつぶせ。その武器となる愛は誰も君からは奪えない。声に出すことを決して恐れるな。今がまさにその時だ。そして寄り添おう。(中略)豊かな文化や多様性に満ち溢れた歴史のある美しい国々は肥溜めなんかじゃない。最後に、不平等で正義もなく変化も望めない社会で、平等を追い求め闘っている君たちに伝える。疲弊して貧しく行き場のない人々を歓迎しよう。共により良い国を築くだけでなく、団結できる世界を目指せばいい」。
その思いと熱量に涙が出た。この曲に救われた人はどのくらいいたのだろう。

G-musicsketch-170207.jpg

左からカリード、ロジック、アレッシア・カーラ。それぞれの入魂の声が強く響いた。

≫ #MeTooに#TimesUp運動、世相を反映するメッセージ。

---page---

■#MeTooに#TimesUp運動。敗訴から立ち上がったケシャの魂の歌。

順序は逆になるものの、シンディ・ローパーら女性アーティストたちに囲まれて歌ったケシャは圧巻だった。ゴールデングローブ賞では#MeToo運動に賛同した多くの女性が黒の衣装を着用していたが、このグラミー賞では性的暴力反対に加え、男女平等を掲げた#TimesUp運動も加わり、多くのミュージシャンが一輪の白いバラを胸に差して出席。ジャネール・モネイがケシャを紹介するプレゼンターとして登場し、「私たち女性を“黙らせよう”などとする人たちに言いたい言葉は Time’s Up。賃金格差も差別もどんなハラスメントも権力乱用も、もう時間切れ、おしまいにすべきです」「女性も男性も音楽業界で一致団結して、より安全な職場環境を作り、賃金と機会の平等を実現しましょう」などと熱く語った後、ケシャたちが登場。当時の大人気プロデューサーのDr.ルークから性的暴行、肉体的、精神的虐待を受け続けてきたものの、すべて隠すことなく勇敢に裁判にまで持ち込んだケシャは、思いを込めて「Praying」を熱唱した。

ケシャをインタビューした記事を全て読み返してみたところ、直近は2013年の『Pen』(4/15号)の「世界でいちばん好きな場所。」特集だった。その時に会った彼女は南アフリカで大好きな動物たちと過ごした話をしながら、「動物は裏表がないし、シンプルだから接しやすい」、「動物たちを眺めながらワールドツアーを振り返って、世界中のファンのことを考えながら、自分らしさを信じてほしい、困難にぶつかってもそこで被害者になるのではなく、“戦士”という精神を持ち続けてほしいと思ったの」と言ったことを語っていた。その時のアルバムタイトルが『ウォーリア』だったことから関連づけて話していたと思っていたが、オフの過ごし方なのに負けずに戦う発言が多かったのは、今思うと2014年に裁判を起こしたので、異国の地でそれを決意していたのだろう。

H-musicsketch-170207.jpg

最前列の左から、ビービー・レクサ、シンディ・ローパー、ケシャ、髪を結っているカミラ・カベロ、アンドラ・デイ、ジュリア・マイケルズ。

摂食障害に苦しんでリハビリ施設に入るなど心身全てが壊れていた時期もあった彼女。今回最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンスにノミネートされた「Praying」が素晴らしいのは、もちろん怒りや真実なども歌っているものの、自分が幸福になることを祈るというより、自分を傷つけた相手に対して、「I hope your soul is changing,(あなたの汚れた魂が変わっていくことを祈っているの)」と、相手への祈りの歌になっている点だ。女性は一度腹を括ると強いというか、“あなたのことを思う余裕がある”ということを示す歌を書き、公に発表したケシャはとても立派だと思った。大柄のケシャらしいダイナミクス溢れる歌いっぷりは変わらずだが、表情からは憑き物が取れたように見え、まろやかさが伺えた。ケシャの言動は#MeToo運動の先駆けといえる勇気ある姿勢で、その生き方は泣き寝入りしていた女性たちの大きな力になったと思うし、告白することで共感する仲間達が結集することを実証した。

■世相を反映する歌か、時代を超え万人に愛される歌か。

ケシャは2部門ノミネートされたものの受賞はゼロ。ただ彼女にとってみれば、受賞することより世界中で放映されたこの授賞式で歌うことに意義があったのではないだろうか。この歌がノミネートされた部門の他の候補は、ケリー・クラークソン「Love So Soft」、レディー・ガガ「Million Reasons」、ピンク「What About Us」、エド・シーラン「Shape Of You」で、結果エド・シーランが受賞。セールスやストリーミングの人気からいっても大ヒットした楽曲だが、個人的にはケシャやピンク、ガガのようにメッセージ性の強い作品に受賞してほしかった。同じくケシャがノミネートされた最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムも、エド・シーランが受賞した(他のノミネートはケシャ、レディー・ガガ、ラナ・デル・レイ、コールドプレイ、イマジン・ドラゴンズ)。一時期、女性と男性で賞を分けていたが、2012年(第54回)から区別がなくなった。今回は女性の受賞が少なかったように感じた。

正直、今年は誰が受賞するかわからないほど混戦だったが、蓋を開けたら主要4部門はブルーノ・マーズが年間最優秀楽曲賞、年間最優秀レコード賞、年間最優秀アルバム賞を獲得(計6部門ノミネートされ6部門受賞)、最優秀新人賞は、カナダ出身のシンガー・ソングライター、アレッシア・カーラが受賞した。

I-musicsketch-170207.jpg

プレゼンターで盟友でもあるリアーナから祝福されるケンドリック・ラマー。

ケンドリック・ラマーは7部門ノミネート中5部門受賞。彼は最優秀ラップ・アルバムを『DAMN.』で受賞した際に、8部門ノミネートされて1つも取れなかったジェイ・Zに対し、「ジェイ・Zを大統領に」とスピーチした。これは昨年、アデルがビヨンセに向けたスピーチを思い起こさせた。ヒップホップ部門はケンドリック・ラマーの圧勝だった。前作もメッセージ性はもとより音楽力の高さからいっても大傑作だったが、今回はデラックス盤で曲順を逆にしてもストーリー性の濃い内容であることを実証。説明は割愛するが、『DAMN.』は既に多くのメディアで年間アルバム第1位を獲得しているほど評価の高い作品だ。

J-musicsketch-170207.jpg

最後に音楽界の大先輩たちにリスペクトを送ったブルーノ・マーズ。

しかし、そのケンドリック・ラマーは今回も主要部門を1つも取れなかった。ブルーノは最初の受賞の頃は簡素に挨拶していたものの、ラストを飾る年間最優秀アルバムの発表時には、プレゼンターがケンドリックと共演したU2のボノとエッヂ(ネルソン・マンデラの柄のTシャツを着ていた?)とあって、彼の受賞を期待していたような会場の空気を読み取ったのだろうか、「お願いだからカットしないで」と、一気に語り始めた。「自分は15歳から地元ハワイでマジックショーの前座として、世界中から来た観光客を楽しませるライヴをやっていたんだ。ベイビー・フェイス、ジャム&ルイス、テディ・ライリーの音楽に、みんな楽しそうに踊っていた。このアルバムの曲はその頃のみんなが楽しく踊る場面を再現するために喜びと愛を持って書いた。だから、この賞を僕の礎を作ったヒーローたちに捧げたい(大意)」。

■アメリカではヒップホップが売上でも主流に。

アルバム本体および収録曲の販売、ストリーミング再生数などを集計したニールセン・ミュージックのデータによれば、2017年のアメリカの音楽の売り上げはR&Bとヒップホップが全体の24.5%を占め、初めて最大の音楽ジャンルとなった。2位がロックで20.8%、3位がポップスで 13.4%。そして2017年最大のヒットアルバムはエド・シーランの『÷(ディバイド)』、2位はケンドリック・ラマーの『DAMN.』だった。

K-musicsketch-170207.jpg

カーディ・Bと会場を盛り上げ、主要3部門を受賞するなど、今年のグラミー賞はブルーノ祭りだった。

実際に最優秀新人賞を含め、主要4部門のノミネートにはヒップホップやR&Bが多くを占めていたものの、結果はどれも万人に愛される音楽の受賞となった。
ブルーノ・マーズの楽曲はニュー・ジャック・スウィングを彷彿させるなど、過去の音楽をエッセンスにして今の音に反映させた、皆を笑顔にさせるエヴァーグリーンなダンスミュージック。彼はソングライターとしてもパフォーマーとしても素晴らしく、「音楽賞」にふさわしいと思う。とはいえ、世相を反映した作品が主要部門に最低1つは反映されても良かったのではないだろうか。去年の記事にも書いたが、ローリン・ヒルが年間最優秀アルバム賞など5部門を受賞した1999年の回が懐かしい。

冒頭に家族で楽しめる番組内容と書いたものの、ニールセン・メディア・リサーチによると、視聴者総数は1981万人で、昨年の2605万人から24%もダウン。反トランプ色が強かったからだろうか。そして以前はパフォーマンスした人がそのまま受賞する流れが多かったが、最近は視聴率を意識して共演などショーアップが重視となり、パフォーマンスと受賞は別物とされてきた様子だ。エド・シーランに至っては受賞を予期していなかったのか、式の時間にはイギリスの自宅にいて、時差の関係もあり、朝起きて昨晩受賞したことを知った、とツイートしている。

今回、楽曲に加え、愛されキャラのブルーノ・マーズだからうまく収まったようには見えたが、2017年を一番印象付ける楽曲やアルバムというには違和感を感じる。来年はどうなるのだろう。

*To Be Cotinued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

©Getty Images

RELATED CONTENTS

BRAND SPECIAL

    BRAND NEWS

      • NEW
      • WEEKLY RANKING
      SEE MORE

      RECOMMENDED

      WHAT'S NEW

      LATEST BLOG

      FIGARO Japon

      FIGARO Japon

      madameFIGARO.jpではサイトの最新情報をはじめ、雑誌「フィガロジャポン」最新号のご案内などの情報を毎月5日と20日にメールマガジンでお届けいたします。

      フィガロジャポン madame FIGARO.jp Error Page - 404

      Page Not FoundWe Couldn't Find That Page

      このページはご利用いただけません。
      リンクに問題があるか、ページが削除された可能性があります。