Music Sketch

音楽的才能の原点を、文章からも体感できる『フリー自伝』。

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『フリー自伝 アシッド・フォー・ザ・チルドレン−』がとても面白い。ひとり語りの読みやすい文体で、一気に読み進めてしまう。しかし、一気に読み終わるにはもったいなく、フジロックに持参したコールマンのチェアを持ち出し、ベランダで読んだりもした。フリーこと、マイケル・ピーター・バルザリー少年の成長に合わせながら、丁寧に読み進めたい気持ちにもなる自伝なのである。

210415-COVER.jpg『フリー自伝 アシッド・フォー・ザ・チルドレン』フリー著 伴野由里子訳 シンコーミュージック刊 ¥3,300

驚くほど読書家であるフリー。

読み始めてすぐに思い浮かんだのは、マーク・トウェインの名作『ハックルベリー・フィンの冒険』だ。それは、このひとり語りに加え、オーストラリアに生まれ、幼少時に父親に釣りやハイキング、キャンピングに連れて行ってもらった影響で、フリーが自然と触れ合うことが好きになり、旅や冒険好きに育ったこともある。演奏時の“動物的本能への絶対的信頼”は、こういった体験から培われたのだろうか。さらには、どうしようもないほど破壊的なイタズラ好きでありながら、常に心の拠り所を求める孤独を抱えた少年という内省的な吐露が、この自伝に深みを与えている点、また人種差別意識がまったくないところにもアメリカを代表する名作との接点を感じた。

何より、フリーは大の読書家だ。一気に引き込まれるのは、先の読めない、しかし当然ながら現在の彼に辿り着いている紆余曲折の人生ストーリーに拠るが、彼の詩的な表現に魅せられる点にもある。本書の冒頭をパティ・スミスの書き下ろしの詩が飾るのは、パティがフリーの人生や人柄に加え、文才にも敬意を払っているからだろう。実際、フリーは、影響を受けた音楽や映画などとともに小説を巻末にあげているほか、文中にネイチャーライティングの父と呼ばれるソローから、ヴォネガット、バロウズにブコウスキー、ウィリアム・ブレイク、エルドリッジ・クリーヴァーなど、多岐にわたる作家や詩人の名前が登場し、そこも興味深い。

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内気で繊細、認められたいがために暴挙に出た日々を回顧。

フリーには、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)の取材時と、1ファンとして、CDを購入した特典のサイン会で話をしたことがある。『カルフォルニケイション』(1999年)や『バイ・ザ・ウェイ』(2002年)の頃だ。その時のフリーの印象はというとムードメイカーで、会話に沈黙がないように気を遣っていて、ポケモンの話を交えたりして終始ニコニコし、とてもフレンドリーだった。

フリーは両親の離婚、そして堅実な実父のDNAと、破天荒で酒にもドラッグにも溺れる継父のベース奏者の影響を受けながら(もちろん一度も抱きしめてくれなかったという母親の存在もある)、大胆かつ繊細に破滅的な日々を過ごしていく。継父の影響でジャズなど高度な技術を要する複雑な音楽を好み、トランペットを吹いていた彼が、やがて友人たちと魂を震わせながら、ベースを手にし、ロックの洗礼を受ける。自分に自信のない内気な、そして承認欲求の強い少年が、女の子に夢中になり、そのカオスな日々の中でさまざまな音楽を吸収していく過程も興味深く読むことができる。

特筆すべきは彼の異端児ぶりを大事にすることを勧めてくれた、アンソニー・キーディス(RHCPのヴォーカル)との関係だろう。「獣性」という章では、“野生動物にしかわからない世界がある”とし、その関係性をリズムやビート、そこからのインプロヴァイゼイション的な表現を交え、宇宙〜自然の力へと、導いていく。この部分だけでもその世界観、表現力に圧倒される。

そしてなんと、475ページまで読み終えた時点で、まだレッド・ホット・チリ・ペッパーズは結成されていない。とはいえ赤裸々な回想録には、心情を温かくも切なくも揺さぶるエピソードが写真と合わせて満載されている。後編がとにかく楽しみで、ぜひ今度は原書でもみたいと思う。

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翻訳家に聞く、フリーの詩的な文章センス。

読みやすさの背景には翻訳家の苦労がありつつ、そのいっぽうで、長年通訳の仕事で築かれたセンスもあると思い、担当した伴野由里子さんにメール取材した。

――自伝を翻訳し、それまでフリーに抱いていたイメージと違った点はありましたか?

伴野由里子(以下B):昔はよくステージ上で、意味不明なことを叫んだりして、「さぞかしはちゃめちゃなぶっ飛んだ人なんだろう」という印象でしたが、数年前のフジロックで一度だけ取材で接した際は、こちらの意図を真剣に聞いてくれる真摯な人柄がすぐに伝わってきたのと、繊細な人だなと思ったのを覚えています。なので、自伝を最初に読んだ時は、「ああ、やっぱな」といろいろ腑に落ちるところがありました。

――翻訳作業をするうえで悩んだ点を教えてください。

B:まず悩んだのが全体の口調で、基本的な「僕」か「俺」か、というところから、もっとはっちゃけたノリにしたほうがいいのか、読者たちにとってのフリー像は何なのかなど、いろいろ考えました。で、ステージでははっちゃけているけど、実は繊細で内省的でインテリだというのと、さすがに50過ぎにもなってはっちゃけた文調というのもどうかと思って、今の表現に落ち着きました。

――とても詩的な表現が多く感じました。彼のセンスに驚かされた箇所はありますか?

B:詩的な表現が豊かなのは、本人の文章がそうだから、それを自然な形で日本語でも出せればと心がけました。本当に読書家なんだな、と思いました。ヴォネガットやブコウスキーを敬愛するのも納得です。特に印象的な表現、言葉選びですが、個人的には各エピソードの見出しに彼の卓越した言葉のセンスを感じます。知性、ユーモア、奥深さ、独創性、キャッチーさ、情景描写、すべてが詰まっている。曲のタイトルともとれるポップさがあって、各エピソードを象徴しつつ、そのエピソードの内容が多少重たくても、タイトルの軽妙さで救われる部分があるな、と思えるほど。和訳する際に、そのあたりも、同じくらい軽妙な日本語にしたいと思ったのですが、なかなか余裕がなく、本文を仕上げるので精一杯でした。

――すべてにおいてフリーのこだわりが感じられますね。

B:エピソードの見出しで、もう少しうまい訳ができていれば、と思うものはたくさんあります。たとえば、アンソニーと屋上からプールに飛び込んで遊んでいたというエピソードがあって、原文は「Might As Well Jump ―Van Halen」となっていて、might as wellがあることで「跳んじゃえ!」という危険な遊びにかける彼らの思いをうまく捉えているのですが、「―Van Halen」があるので、日本人でもおそらく誰もが知っているあの曲につなげるとなると、和訳は「ジャンプ ―ヴァン・ヘイレン」のほうがシンプルでいいかな、と判断しました。

――気に入っている表現があれば教えてください。

B:情景が浮かぶという点では、継父のセスナに乗る話の「上へ上へどこまでも」(Up Up and Away)、アンソニーの田舎に行った時の思い出の「ベリー畑のトランペット」(Trumpet in the Berry Field)。どちらも、フリーの至福の瞬間を切り取っていていいなと。あと秀逸だなと思うのはいくつもあるのですが、「バシッ、ドスン、シュッ」(Thwack Thud Swish)は、子供のころに遊んだ野球、アメフト、バスケを、競技名を使わず、球の音だけで、表現していて、さすが感覚の鋭い人だな、と思いました。

好きなエピソードを聞くと、そこから止まらないほどに……。レッチリのファンはもちろんのこと、多くの音楽ファン、文学ファンに読んでほしい1冊である。

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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