土曜日と日曜日の男。
「おとこのて」
「まだ僕は、出会ってないのかもしれないね。」
男はそう言って自分の右手に持っていた林檎に目を向けた。
3秒ほど何かを思い出しているかのような顔をしていたが、
すぐにその顔を自分の中でなかったことにした。
誰にも、自分にも、伝わらないように。
そうして見つめていた林檎を左手に持ち替えて、
下を向きながらなんとなく、なんとなく微笑んだ。
「おとこのて」
その男は土曜日と日曜日だけ現れる。晴れた土曜日、雨の降る日曜日。どんな天気でもいつだって誰かと話をして笑っていた。誰にも名前を知られることのない男。その男とは土曜日と日曜日だけに会うことができた。
その男は人間が好きで、動物が好きで、子供が好きで自然をこよなく愛していて、野菜も、果物も、
この世界に生まれた命あるもの全てを愛している。
(全てを愛していることが
全てではないことを
男は一人で知っていた。)
その男は背が高く、単純に背が高いわけでもない。
肩幅は大きく、抱きしめられるには十分すぎるほどだった。大切に育てられたようにも思える綺麗な雰囲気と青空大好き少年感がうまく混じり合っていて
その男にしか出せない空気を持っていた。
自分から女を好きになるというより女が好きになる事が多かった。(好きになってしまう、と言った方が正しい)
その度に女はその男が愛している自然を、
動物を、同じくらい好きになろうとした。
何度も何度も青空女子を演じたのだ。
(演じてしまう、と言った方が正しい)
そうして男を抱きしめている気になったのだ。
男は早々に気付いていた。
青空よりも、僕のことを見ていることも
野菜よりも、僕と居たいだけなことも。
それでも気付かないふりをして
男は女に優しくした。
男はいつでも女に優しかった。
でも女にとってその優しさが
余計に寂しくさせたのである。
だからといってその寂しさを「寂しい」と
言えるほどの隙間は男にはなく、近くにいるのにいつまでも遠い、遠い土曜日だった。女は一人で寂しさを笑顔に変えては青空に向かって笑うことしかできなくなってしまっていた。
いつのまにか女にとってあれほどまでに楽しかったはずの土曜日と日曜日は憂鬱で退屈でどうしようもなく、どうしようもなくつまらなかった。
そうして女は金曜日に男に別れを告げた。
土曜日が来る前にー。
女が勝手に惚れて
女が勝手に自分のものにして
女が勝手に寂しくなって
女は勝手にさよならを告げた。
勝手に一人になってしまったその男は
だからといって女のせいにすることはなく、
女がいなくなったあとまでも女に優しかった。
「さりげない所にこそ、
相手への愛情の存在は残るんだ。」
男は何かを思い出しながら一人呟いた。そうして大きな林檎を手に持った。男の手は林檎よりも大きく林檎をいとも簡単に包み込む。
包み込んでしまうほどに大きいその手は
全てを守るのではなく"誰かの手だけを守りたい"と手が思っていることを知っていることを男は知っていた。
右手に持っていた林檎に目を向けた。
3秒ほど何かを思い出しているかのような顔をしていたが、すぐにその顔を自分の中でなかったことにした。誰にも、自分にも、伝わらないように。
そうして見つめていた林檎を左手に持ち替えて、
下を向きながらなんとなく、なんとなく微笑んだ。
「おとこのて」