自然派ワインの造り手を訪ねて。Vol.7 南仏で生まれる、エレガントな自然派ワイン。

Gourmet 2020.07.23

アタッシェ・ドゥ・プレスとして活躍する鈴木純子が、ライフワークとして続けている自然派ワインの造り手訪問。彼らの言葉、そして愛情をかけて造るワインを紹介する連載「自然派ワインの造り手を訪ねて」。今回は南仏ルーション地方、アントニー・ギィの「マタン・カルム」にて収穫を体験。


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Profile #07
○名前:アントニー・ギィ Anthony Guix
○地方:フランス・ルーション
○ドメーヌ名:マタン・カルム Matin Calme

静かな口調の奥に情熱を秘める、南仏の造り手アントニー。

南仏、ルーション地方の「マタン・カルム」アントニー・ギィに初めて会ったのは2016年のこと。アレクサンドル・バンに誘われ参加したアルザスの「サロン・デ・ヴァン・リーブル(Salon des Vins Libres)」で。

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アントニーとワイン。造り手が運営するこじんまりとしたサロンだから、造り手と時間をかけて話すことができた。

陽気な南仏のイメージを覆す、往年のフランス映画を観ているような静かなささやき声が印象的なアントニー。

試飲の最後にトップキュヴェ(*1)「サン・タン(Sans Temps、“時がない”の意)」の、南仏のイメージを軽やかに裏切るエレガントな輪郭、長い余韻にいっぺんにとりこになった。キュヴェ名の由来を聞くと「カリニャンの樹齢が100年(Cent ans、サン・タン)だから、言葉遊びで名付けたんだ。気に入ってくれてうれしいよ」と目を輝かせた。100年を超える古木のブドウはなかなか見ない。彼のブドウ畑に行ってみたいと思った。

今年の収穫と醸造を手伝わないか、と願ってもない誘いをもらい、ヴァカンスシーズンの強い日差しですべてが輝く、8月末の南仏の地へ降り立った。

*1 キュヴェ:さまざまな意味合いがあるが、“特別な”“ほかと区別された”といった特別感のあるワインの名に付けられることも。

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ペルピニャン空港に降り立つと、まるで南国のような木々と青い空が広がっており、スペインとの国境近くにいることを実感させてくれた。

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アントニーのドメーヌを訪ねて。

迎えに来てくれたアントニーと向かったのは、車で20分ほど西に進んだ小さな村、ミラ(Milas)。ルーション地方を選んだのはスペイン系の両親の故郷に近いこと、新規参入しやすいエリアであること、何より樹齢100年以上のカリニャンをはじめ、自然に近いブドウ畑に惚れ込んだからだそう。

06年に自身のドメーヌを立ち上げ、5ヘクタールの畑でグルナッシュ・ノワール、カリニャン、グルナッシュ・グリを育てている。

自然派ワインに出合ったきっかけは、伝説の造り手、オーヴェルニュの「ドメーヌ・ペイラ」ステファン・マジェンヌとの出会い。彼とともに学び、醸造のスペシャリスト「エノロジスト」を目指した彼が、数々のキャリアを積み最終的に選んだのは、自身の手で自然派ワインを造ることだった。

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大切そうに出してくれた「h la juste cuve」。敬愛するボジョレー出身のエノロジストで自然派ワインの祖ともいわれる、ジュール・ショヴェ(Jules Chauvet)の名のアナグラム(*2 )から名付けたそう。ロジカルを愛する彼らしいネーミング。わずか3ヴィンテージ、この09と11、12しか存在しないキュベは生産本数100本……。

滞在中、バックヴィンテージを含むたくさんのワインを開けてもらった。私にとって造り手を訪問する大きな喜びは、彼らとワインをシェアすること。できるだけ自然に造られたワインは、時を重ねて“大人”になっていく。まるで私たちの人生のように。

ワインは点ではなく線で繋がる幸福な飲みものだ、と確信したきっかけは、彼との時間だ。

*2 アナグラム:言葉遊びのひとつで、単語または文中の文字をいくつか入れ替えることによって、まったく別の意味に変える。

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向かって左は、瓶詰前の彼の唯一の白ワイン、「ose」 2015年。平均2週間ほど収穫が早まった暑い年由来の、ロワールのシュナン・ブランのような凝縮感をもっていた。こういうニュアンスは好みではないけれど、とアンソニー。まだまだ発酵途中のため瓶詰めまで時間が必要だろう、と。

写真右は「mano à mano」、当たり年だった2012年。スペイン語で「手と手」の意をもつキュベは3つの畑、ふたつの品種(グルナッシュ・ノワール、カリニャン)で構成され、ピュアな色味、軽やかな果実味をもつ。テロワールよりも年ごとの違いを出したい、とブレンド率を年によって変えるそうだ。

南仏とは思えぬような限りなく透明感のある綺麗な色。「ジュンコ、覚えておいて。これが僕のワインの色だから」とアンソニー。

もう少し飲むかい?と出したくれたワインは、アルザスのサロンでもひときわ印象的だったトップキュヴェ、サン・タンのファーストヴィンテージ、2006年!聞くと最後の一本だという。

少しレンガ色を帯びたワインは、エレガントで深い余韻をもち、なんの抵抗もなく身体に染み込んでいく。そう、彼の愛するピノ・ノワールのように。「数年前に開けたときはまだまだ暴れていたんだ。時が来たんだね」と。

こんなに美しいワインに出会えるならば、喜んで待ちたい。そう思えた貴重な時間だった。

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アントニーと出会ったアルザスのサロンのグラスで出してくれた。そんな心遣いも彼らしい。

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標高300m以上の斜面畑での、収穫の手伝い。

目の前に広がるピレネー山脈を越えるとスペイン、というこの地の強い光のもと、アントニーの畑は標高300〜500メートルの高地にある。雨は少なくピレネー由来の非常に強い風が特徴だ。

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雨が降るか降らないかは非常に大切。降らないと窒素が充分に発生しないため、ブドウのコンディションがよくとも醸造で苦労するそうだ。

初めての経験となる収穫を、緊張しながら楽しみにしていたが、16年は難しい年で、通常収穫をはじめる8月25日を過ぎても、ほとんどの畑の糖度が上がらない状況。雨が少ないため枯れたり、実がならないブドウの木すら出ているそうで苦しい年となりそうだ。

セラーワークに従事していたが、畑に行ってはブドウの糖度を量っていたアントニーの口から「ジュンコ、明日から収穫をはじめるよ!」と。午後は収穫かごの洗浄作業など準備を行い、夜は早めに休むことにした。

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難しい年ながらも、綺麗に育っているブドウも。これはトップキュヴェ、サン・タンの樹齢100年以上のカリニャン。ほかの畑とは段違いな美しさ、大きさだがまだ糖度が上がらず、おそらく9月半ばからの収穫になる見通し。

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収穫かごをひとつひとつ洗浄する。自然に造ることイコール清潔に保つことが非常に大切となる。

早朝起床、車に乗り込み「mano à mano」のワインになるグルナッシュ・ノワールの畑に夜明け前に到着。気温は21℃、光の強い南仏では涼しい夜明けから収穫を開始することが大切なのだ。

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夜明け前のシルエットが美しいピレネー山脈とブドウ畑。フランス人らしく仕事前のカフェは欠かさない。

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収穫を待つ完熟したグルナッシュ・ノワールとアントニー。

“手と手”とキュヴェ名をつけるアントニー、もちろん収穫は手摘み。10キロサイズの小さな収穫カゴを使い、黒々と完熟したブドウ萄を摘んでいく。「赤みが残るブドウも、多少は入れてもかまわないよ。ワインにとって大切なacidité(酸度)になるからね」

収穫が大変な畑だ。なにしろ標高300メートル以上に位置するブドウ畑は夜明けから2時間もすれば容赦ない日光が降り注ぎ、いるだけで体力が消耗する。石だらけの斜面畑での収穫をいちど経験したら、絶対にワインを残せなくなるだろう。笑

しかし、だからこそワインにとってストラクチャーとなる綺麗な酸度と、周りの影響を受けない自然な環境が得られるのだ。

2日目の午後早めまでかけて、この畑の収穫を終えた。収穫を終えたら……休む間もなく醸造作業が待っている。

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朝露を纏い、輝くブドウたち。

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アントニー一家と。家族総出で収穫を行う、ファミリアルなスタイル。

彼の赤ワイン醸造は、除梗なしセミ・マセラシオン・カルボニック(*3)という、非常にシンプルな方法だ。

タンクの洗浄をし、収穫したブドウをステンレスタンクに入れ、醸造1日目の仕事は終了!
健全なブドウを育て適正なプロセスで収穫する造り手の、豊富な経験知がなせる技だ。

*3 セミ・マセラシオン・カルボニック:通常のマセラシオン・カルボニック法では、ガスボンベなどを使って人為的に二酸化炭素を注入するが、セミ・マセラシオン・カルボニックではブドウのアルコール発酵から二酸化炭素を得る。

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収穫したブドウをカーヴに運び込む。タンクに入るのを待つ、1箱8キロ程度で49箱、合計約390キロ。

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自由と自然派ワインを愛するアントニー。

自然派ワインってどんな存在なの?と訊ねてみた。

「僕にとっては“自由なワイン”かな。雰囲気や気まぐれによりその時々に姿を変える。そう、生きているんだよ! 僕にとってはワインという存在を超越した、人生の哲学そのものなんだ。自然派ワインは時とともに変化していくもので、時に閉じたりしながら花開こうとする。そう、僕たちと一緒だよ、個々の性格をもち、自分を表現しようとしているんだ」

アントニーとはたくさんのことを話した。ワインとパンに興味があったこと。ワイン造りは、特に何からも自由でいられる点を愛していること、アルザスとブルゴーニュのピノ・ノワール、ボジョレーのガメイが好きなこと。

19年の2月、ワインサロン「アノニム(Les anonymes)」で彼と再会した時、ワインを1本託してくれた。
「ジュンコが手伝ってくれた16年の『ose』だよ」と。初めて自分の手で収穫した年のワインを前に、その時の情景がありありと浮かんできた。厳しいヴィンテージが続く彼の地に……ピレネー山脈が綺麗に見えるあの畑にまた行かなくては、ね。

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鈴木純子 Junko Suzuki
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクト、商業施設などライフスタイル全般で、作り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリスト作りのサポートなどを行うことで、自然派ワインの魅力を伝えている。
Instagram: @suzujun_ark

>>「自然派ワインの造り手を訪ねて」の他記事はこちら。

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photos et texte : JUNKO SUZUKI

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