満開の花を見上げていただきたい、春めく気分の桜餅。

Gourmet 2021.03.23

現代日本の食文化の基本が形作られたといわれるのが江戸時代。季節ごとの食材や行事と結びついた江戸の食文化や料理について知れば、食事の時間がもっと楽しく、幸せなひとときになる。連載「今宵もグルマンド」をはじめ、多くのグルメ記事を執筆するフードライターの森脇慶子が、奥深い江戸の食の世界をナビゲート。今回のテーマは「桜餅」。満開の桜が見頃だが、花見気分を盛り上げてくれる桜餅の由来とは?

310322-01.jpg

生菓子なので賞味期限は短いが、包装もかわいらしい桜餅はお土産にも最適。左は山本や、右は塩野のもの。

文/森脇慶子

観測史上、最速の開花となった今年の桜前線。東京では、早くも満開を迎えた。いよいよお花見の季節到来である。とはいえ、このコロナ禍では、残念ながら例年のようなお花見イベントはちょっと難しそう。

ならば、心機一転。お家で桜餅を食べながら、静かに桜を愛でるのもまた乙なもの。というわけで、今回はお花見番外編。桜餅のあれこれをご紹介することにしよう。

---fadeinpager---

庶民のお花見文化を作ったのは、八代将軍・吉宗。

Thumb-780x520のコピー (24).jpg

現在は桜の葉2~3枚に包まれ、その姿は迫力満点。お店では葉を外して食べることを薦めてはいるが、葉ごと食べる常連客もおり、これが正解という食べ方はないそう。「長命寺桜餅」¥1300(5個入)

桜餅と言われて、まず、思い浮かぶのは、あの有名な“長命寺の桜餅”。

いまを遡ること300年余り前。長命寺の門番だった山本新六が考案、売り始めたのがそもそもの始まりだ。時に享保2年(1717年)。実はこの年、あの暴れん坊将軍こと8代将軍徳川吉宗が、享保の改革の一環として数多くの桜木を飛鳥山や品川御殿山、隅田堤に植樹。新たな花の名所を作りあげ、健全な娯楽として庶民に花見を奨励した。飛鳥山では、吉宗自ら酒宴を開き、PRしたほど。それにはひとつ、理由があった。

質素倹約を旨とした享保の改革。それにより、庶民は歌舞伎などさまざまな娯楽の厳しい取り締まりを受けた。そんなお上への不満のガス抜き的意味もあったのだろう。これをきっかけに、お花見は一気に大衆化。庶民の娯楽の王道として定着していくのである。

だが、何百本もの桜の木を植えたはいいが、落葉もさぞ膨大だったことだろう。それに手を焼いたのが件の山本新六。長命寺の門前で落葉を掃除するうち、桜の葉を塩漬けにすることを思いついたのだ。更にその葉で餅を包み“桜餅”として売り出したところ、大ブレイク。

いまでいえば、さしずめひと頃のタピオカミルクティーのような繁盛ぶりだったのだろう。文政7年に編纂された随筆集「兎園小説」によれば、当時、年間で31樽もの桜の葉を使ったと記されている。1樽で約2万5千枚、換算すれば77万5千枚もの桜の葉を使ったことになり、一個につき2枚使う桜餅の販売数はなんと38万7千個にも及んだという。まさにメガヒット商品!ひとつ4文程度で売られていたようだ。

---fadeinpager---

江戸の花見シーズンは、1カ月もあった!

Thumb-780x520のコピー (21).jpg

餅の部分にも桜色を配した、虎屋の桜餅。丸い餡が垣間見えるのも可愛らしい。¥411

ちなみに、当時の桜事情は現代とはちょっと違っていたようだ。

江戸っ子が愛でていた桜は、現在、私達が見ているソメイヨシノではなく、早咲きの彼岸桜に始まり、枝垂れ桜や山桜、八重桜などさまざまな種類の群桜だった。それぞれに開花時期が違うため、花見の時期は1カ月ほど続いたという。かの太田蜀山人は、なんと8回も花見に繰り出したとか。あっと言う間に終わってしまう現在とは、だいぶ様相が違うようだ。

いまや桜の代名詞的存在であるソメイヨシノは、幕末に改良された品種。オオシマサクラとヒガンサクラの雑種の交配によって生まれた栽培種で、吉宗が植樹した時期には、まだ存在しなかったのだ。

---fadeinpager---

江戸風と関西風、違いは餅にあり。

Thumb-780x520のコピー (22).jpg

道明寺粉を使った仙太郎の桜餅。こちらは売り場のプレートで「葉も召し上れ」と推奨している。口に入れればほろほろとした粒感が楽しい。¥195

花のお江戸で大ブームを引き起こした桜餅は、上方でも話題を呼び、天保年間(1830年〜1844年)には、大阪北堀江のにあった「土佐屋」が、関西版桜餅を売りだす。とはいえ、小麦粉を水で溶き、薄く焼いたクレープ状の皮でこし餡を巻く長命寺タイプとは違って、こちらは粒々の道明寺粉で作るいわゆる道明寺タイプ。道明寺粉とは、その名の通り、大阪藤井寺市に実在する道明寺で、保存食として作られたのが始まり。餅米を蒸して乾燥させ粗く挽いた保存食で、戦国時代には、携帯食としても利用されていたようだ。関西にはこの道明寺粉で作る平安時代からの古い和菓子の“椿餅”があり、これが、道明寺タイプの桜餅のルーツと思われる。人気だからといって江戸と全く同じ形にしないあたり、いかにも上方の意地と誇りを感じさせる。

---fadeinpager---

桜餅の葉って、食べていいもの?

Thumb-780x520のコピー (19).jpg

関東風、関西風の両方を手がけるお店も。こちらは茂助だんごの桜餅。各¥421(2個入)

最後に、いま、私達が食べている桜餅に使われている桜の葉は、ソメイヨシノではなく、大半が伊豆半島松崎町のオオシマサクラの葉。塩漬けし、発酵することにより生まれる香り成分“クマリン”が、あの桜特有の香りの正体。抗菌や血流をよくする作用もあるそうだが、食べすぎは禁物。肝毒性や腎毒性があることが知られている。

Thumb-780x520のコピー (23).jpg

御菓子司 塩野も関東風、関西風両方を作っている。関西風の上に乗った桜の花びらは、季節ならではのものだ。各¥400

長命寺桜餅 山本や
東京都墨田区向島5-1-14
tel:03-3622-3266
営)8時30分~18時 
休)月 
※その他、百貨店にて曜日ごとに取り扱いあり。詳細はお問い合わせください。
https://sakura-mochi.com/
虎屋
取扱店舗・期間は公式ホームページを確認。
https://www.toraya-group.co.jp/toraya/products/namagashi/sakuramochi/

仙太郎 三越銀座店
東京都中央区銀座4-6-16 銀座三越 B2F
tel:03-3562-2977
営)10時~20時
休)建物に準じる。
https://www.sentaro.co.jp/

茂助だんご 松屋銀座店
〒104-8130 東京都中央区銀座3丁目6−1 松屋銀座B1F
tel:03-3567-1211(大代表)
営)
10時~20時
休)建物に準じる。
https://www.mosukedango.com/home

御菓子司 塩野
東京都港区赤坂3-11-14 赤坂ベルゴビル1F(仮店舗)
tel:03-3582-1881
営)9時~17時
休)日 ※その他不定休あり
https://www.shiono.net/

江戸の食文化と料理、再発見。記事一覧

photos : KAYOKO UEDA, texte : KEIKO MORIWAKI

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories