個性豊かな100脚の椅子。
丸亀のマルティーノ・ガンパー展へ。

休みがとれると飛行機に乗りたくなってしまう飛行機好きの私は、今年の夏休みも羽田から移動する旅に。香川県の高松を拠点として、瀬戸内の島も訪ねていました。

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飛行機の窓から目にできた瀬戸内海。Photo: Noriko Kawakami(他写真も)

イサム・ノグチさんがアトリエを構えた高松市牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美術館をはじめ、直島や豊島(てしま)にも。取材で何度か訪ねている美術館も、真夏の8月にうかがうのは初めてです。新たな気持ちで、そしてゆったりとしたスケジュールで移動しながら、連日のアート鑑賞を楽しみました。

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この海の写真は高松から豊島に向かった船「まりんなつ」号より。まずは豊島美術館へ。

アーティストの内藤 礼さんと建築家の西澤立衛さんによる豊島美術館も久しぶりに訪ねたかった場所のひとつ。床に座ったり寝そべったりしながら、建物の開口部から吹き抜ける風を感じつつ、泉のように静かにわきでる水滴を鑑賞しました。美術館を包むにぎやかな蝉の鳴き声を耳に、生命を備えたように動く水滴を目にしているうちに、気づくとあっという間に一時間半が経過していて......!
もう一か所、今回ぜひとも訪ねたかった美術館が、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA/ミモカ)です。谷口吉生さん設計の建築そのものも大好きで何度か訪れている美術館ですが、こちらも久しぶりの訪問。ちょうど、気になっていた展覧会が開催中でした。

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丸亀駅前にある丸亀市猪熊弦一郎現代美術館。

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猪熊弦一郎さん(1902-1993年)は高松出身の画家。1950年から用いられている三越の包装紙を手がけた人物でもあるのです。館内のカフェレストMIMOCAでは猪熊さんが大好きだったスコーンが味わえます。

開催中の展覧会、「マルティーノ・ガンパー 100日で100脚の椅子」。1971年にイタリアに生まれ、ロンドンを拠点とするデザイナー/アーティストのマルティーノ・ガンパーが2007年にロンドンで行った「100 Chairs in 100 Days」(100日で100脚の椅子)の日本初披露となるものです。

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ガンパーの100脚が勢揃いした会場。ロンドンでの展示の際には作品を目にした友人が興奮ぎみにメールで教えてくれましたが、それらを日本で見られるなんて! と私もやはり興奮......。

彼が約2年を費やしてロンドンの街角や友人宅から「使われていない椅子」を入手し、解体し、組み立て直した椅子の数々。それも「1日1脚、100日で100脚をつくる」との趣旨です。すでにあるものから新しい椅子を構成していく過程や、あえて制約を課しながら構造的にもちゃんと使える一脚をつくりあげるという方法論に、このプロジェクトの醍醐味があります。

本展を機に発行されたカタログより、本人のことばを引用しておきましょう。

「僕は自分だけのために100脚の椅子を作ったわけでもなければ、通りにあった数百脚の不用な椅子を救おうとしたわけでもない。モチベーションとなったのは方法論だ。もの作り、製作のプロセス、そして完璧なものを絶対に求めないこと。」

「あらゆる可能性の蒐集」、さらには、「僕にとって、椅子の奥に潜む物語は、そのスタイルや機能と同じくらい重要だ。」とも。("100脚目の椅子"『マルティーノ・ガンパー 100日で100脚の椅子 100通りの方法で』2015年)

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展示されていた椅子からいくつか紹介します。

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「1日1脚」つくられた、表情豊かな椅子の数々。子ども用の椅子(右)もありました。

ロンドンに続いてデュッセルドルフ、ミラノ、サンフランシスコ、フィルミニ、アテネでも披露されてきた椅子たちですが、そのつど、展覧会が開催されるその土地で誕生した一脚が加えられたうえでの100脚とされているのも興味深い点です。

今回の100脚目、すなわち丸亀で誕生した椅子がこちら。それぞれの椅子には名前がつけられ製作日も添えられているのですが、最新のこの一脚の名はなんと、「○亀」(英語名はCircle and Turtle)! 2015年6月10日の誕生(制作)です。

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世界を旅して展示されるのはロンドンで展示された99脚。さらに100脚目をそのつど展覧会開催地で制作......そう、「100脚目」は継続中のプロジェクトなのです! 手前が今回つくられた「○亀」。

100脚目のこの椅子の制作のために、使われなくなったダイニングチェア、木製ミシン用スツール、農作業の休憩椅子などなど、丸亀で使われていた多種多様な椅子が集められたことを知りました。それらのパーツを組み合わせ、仮止めしては座り心地を確かめる作業を経て、「○亀」が誕生。直感を活かすと同時に、家具づくりの細かな技術を冷静に駆使しての作業です。

ミモカのキュレーター、国枝かつらさんの言葉も引用しておきたいと思います。「まるで料理の下ごしらえをしているかのように、新たな椅子に必要な素材がパーツごとに揃えられていく。これまで椅子に残されてきた痕跡を読み解き、まだ見ぬ椅子の可能性が探られていく。」("100脚の椅子を作る過程"『マルティーノ・ガンパー 100日で100脚の椅子 100通りの方法で』2015年)

制約のなかでの最大の可能性。それを情熱と理性で探っていく、腕ききのシェフのようなガンパーの製作中の姿が私の頭に浮かんできました。柔軟な発想で、あっと驚くパーツの組み合わせもあって。だから実に楽しく、いくら時間があってもたりないぐらい......。

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美術館のエントランスにもガンパーの作品。「Vasum」というプロジェクト名がつけられました。

またこの美術館では現在、猪熊弦一郎さん(1902〜1993年)が描いた猫の作品を集めた展覧会「猪熊弦一郎展 猫達」も開催中です。こちらも本当にすてきな展覧会。

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展示作品から。

猪熊夫妻は猫が大好きだったそうで、戦時中には2匹の猫をつれて疎開、戦後には「1ダース」もの猫を飼っていたこともあったのだとか。本人のこんな文章も残されています。

「猫は一匹、二匹飼うよりも、沢山飼つて見る方が其習性が解つて面白く、一つ一つを特に可愛がらなくとも、猫同志で結構楽しく生活して居て、見て居ても、実に美しい。」("猫の平和"『造形』1955年3月号)

「猫は小さい、そして何処にもありふれた動物であるが、これを描き得れば、他の動物も同じ事である。私は、人間をふくめての動物を深く知り度い。」("赤い服と猫" 『美術手帖』1949年11月号)

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展示作品から。

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描かれた猫だけでなく、猫を愛した猪熊さんの姿を伝える展示も。

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こちらにも興味深い椅子が。猪熊さんがデザインし、自宅で使っていた椅子です。猪熊家の猫たちにも居心地のよい場所だったはず!

おすすめしたい2つの展覧会。「マルティーノ・ガンパー100日で100脚の椅子」展は9月23日まで、「猪熊弦一郎展 猫達」展は9月27日までの開催です。これから夏休みをとられる読者もいらっしゃることと思います。新しい出会いも多く心がはずむ、すばらしいヴァカンスとなりますよう......!

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「マルティーノ・ガンパー 100日で100脚の椅子」2015年9月23日まで
「猪熊弦一郎展 猫達」2015年9月27日まで

会場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館。いずれも会期中無休。
時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
詳細はhttp://mimoca.org

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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