アーティストの廣瀬智央さん。
ミラノのアトリエ/ご自宅へ

デザイン・ジャーナル

東京でのデザインイベント目白押しの1週間が終わり、週末からイタリアへ。いつもの私の方法なのだけれど、デザインに大切なものについて、自分で立ててみた仮説を確かめるための、デザインリサーチの旅でもある。

日本とヨーロッパの行き来が続いているが、飛行機が大好きな私にとっては、こうした「移動」は楽しいことばかり(飛行機を見ているだけでもワクワクしてしまう。飛行場も大好きだ)。それに、移動するほどに毎日がリズミカルになっていく感じもする。
知りたかったこと、考えたかったことを確かめるために、「どこか」に出かけていく時間ほど、楽しいことはない。飛行機の窓から、様々なかたちの雲を眺めつつ、頭の隅にためこんでいたいくつもの「課題」について、あれこれ考えを巡らせる。

旅先での出会いは、とても大切。
デザイナーやデザイン誌のエディターを始め、今回、お会いできたひとりに、ミラノ在住のアーティスト、廣瀬智央(さとし)さんがいる。
じつは今回の出張直前に、東京から廣瀬さんにメールをお送りしていた。というのも、廣瀬さんは11月末より、都内の小山登美夫ギャラリーでの個展を予定されている。その記事のために、「フィガロジャポン」アート特集号(9/20号)の取材をさせていただいていた。その後も、作品集『Viaggio』を送ってくださった。お世話になってばかりだったので、この機会にお礼を伝えたいとも考えていたのだ。

kakami1.jpg作品集『Viaggio』(SilvanaEditoriale発行)。世界各国の空の写真。さまざまなインスピレーションをくれるすばらしい作品集。

ウィーンで飛行機を乗り継いで、ミラノ、マルペンサ空港へ。
ミラノ市内に着いたのは、夜の9時すぎ。いつもの小さなホテルにチェックインすると、フロント夜番のいつものスタッフが、「おかえりなさい!」という嬉しい言葉とともに、預かっていたメッセージをさしだしてくれる。そのなかに廣瀬さんからのメッセージがあった。「わが家で食事でもしませんか」。
こちらからお礼をするつもりだったのに、状況はちょっと変わってしまった。いいのかな......。悩みながらも、温かいお言葉に甘えることにし、廣瀬さんのご自宅とスタジオにうかがわせていただくことにした。

滞在最後の夜、廣瀬さんがご家族と暮らすトルトーナのご自宅をうかがうと、ジュエリーデザイナーでもある奥様の千春さん手づくりのフルコース料理が......。

kawakami2.jpgローズマリーノなどの香草と粗塩をすり込んだ豚の背脂を大理石の桶で半年間も熟成させた「ラルド・コロンナータ」の超薄切り、そこに栗。

kawakami3.jpg 食と生活の話に盛り上がりました。続いて、アートのようなアンティパストミストも。
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kawakami6.jpg 旬の食材をふんだんに、心のこもるお料理に感激。デザート前の一皿「牛肉のバローロ煮と赤玉葱のソフリジェレ」を撮るのをうっかり忘れてしまったことを後悔。しかも、ワインほろ酔いの私のピントのずれた写真で......すみません。


「豆は、新作の素材なんです」。
やさしい味の豆のスープを前に、廣瀬さんが言う。そうだ。ギャラリーからすでにいただいていた新作情報でも、豆、とあった。豆を一体どうするのかと、とても気になっていた「作品素材名」だった。廣瀬さんはまた、西洋の文化で、古来、豆に込められてきた意味も教えてくれる。栄養に富む豆は良い意味ばかりかと思いきや、そうでもないという。身近に接する小さな豆に、さまざまな世界が宿っていることがおもしろい。

個展の話題でも、多いに盛り上がった。
今年前半、半年ほどニューヨーク滞在していた廣瀬さん。夏にコメントをいただいたときには、アートをめぐる経済状況など、アメリカでまさに実感されていることが込められていた。再びミラノに戻った現在では、ヨーロッパで改めて感じることがあるだろう。
そうした日々の体験が、異なる文化の間を生きる時間が、表現に凝縮されるはず......。
西洋に暮らし、各地に出かけ、物ごとの意味を掘り下げ続ける廣瀬さんらしい新作を満喫できる個展となることを実感し、その開催が今まで以上に楽しみになってきた。
東洋と西洋とを、ミクロとマクロとを、想像力によって行き来できる世界が、ギャラリーには現われることだろう。廣瀬さんが関心を持っている「両義性」についての視点も込められた個展となるにちがいない。

kawakami7.jpg友人がプロデュースしたという「唐辛子+オリーブオイル」。日本でも近く購入可能だそう。西洋と東洋の文化について、オリーブの樹から食のパッケージデザインまで、話題は広がります。

......と、ここまで読んでくださった読者は、「デザイン・ジャーナル」でなぜアーティストの廣瀬さんなのか、の理由を感じてくださったのではないかと思う。
デザイン、アートという枠を超えて、今を生きる私たちに大切なことを教えてくれる、すてきな表現者の存在を、今回、ぜひとも紹介したかった。

廣瀬さんが、移動しながら、その場の空気を全身で受け止めながら、さらに何かを見続ける、その「視点」が興味深い。それに、私が取材を続ける「デザイン」について考えるときにも、彼のように、全身の感覚を生かすようにして、洞察をやめることのないアーティストの活動は、実に多くのことを教えてくれる。

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kawakami9.jpg 天井の高い廣瀬さんのアトリエ。新作は、日本に向かう直前。


この夏に廣瀬さんからいただいていたコメントを引用しよう。

「興味があるのは、旅で出会うさまざまなもの、ことです。イタリアに住むようになって感じたことは、日常的な出会いから生活環境に至り、この国には精神的な豊かさの魅力と、感覚をとぎすまされる事象がまだたくさん存在するということでした」

「それは『日常性の意味』と『本来私たち人間がもつ豊かな原初的な諸感覚』を再認識することでもありました。感覚をとぎすまされる事象というのは、待っていてもやってきてくれないし、私自身も感受性を敏感にさせる必要があります。そこで自らが能動的になって、いつまでも旅は続くことになります」

移動とともに見えてくるものは多数ある。
距離を置いてみることで、気づかなかった大切な何かを手にすることもできる。
今回のミラノ滞在中に感じたことや考えたことを、廣瀬夫妻との楽しい食事の席で、あれこれ挙げてみた。

たとえば、私の今回の旅が、からだを動かすことの大切さについて、改めて考える機会になったこと。デザイン・ワークに没頭することはもちろんのこと、それと同様にからだを動かし、手を動かし、毎日を過ごしているこの国のデザイナーたちの日常を知ることができたからだ。「暮らし」の豊かさとは何かについて改めて考える時間も、再びたっぷりと持つことができた。
そしてもうひとつ。田舎町で、東京では感じとることのできない月あかりの美しさを知った。月あかりだけという「暗さ」の怖さも感じ、東京の毎日ですっかり衰えてしまった自分の身体感覚を痛感することになった。このことは、また改めて書きましょう。

kawakami10.jpg 廣瀬邸でいただいたミカンの香りと味をホテルで味わう。かつてギャラリーをレモンで埋め尽くしてしまったことがある廣瀬さん。次の個展ではミカンの木も登場するはずです。

kawakami11.jpg廣瀬さんの作品から、『Vertumnus (ウェルトゥムヌス)』2008 写真はナポリのウンベルト・ディ・マリーノ現代美術ギャラリーでの展示風景。Courtesy: Tomio Koyama Gallery ゥSatoshi Hirose. All Rights Reserved. Photo: Tartaruga, installation view at Umberto Di Marino Arte Contemporanea, Naples, Italy. ウェルトゥムヌスとはローマ神話の神の名。かたちを自在に変えることができ、変化、植物、庭、季節などを象徴する。「でも、私の作品の美学的コンテクストは、オリジンである日本に多くを負っています。自由に国境を移動できる現代、ひとつの国籍や単独文化の文脈で成り立つといった単純さにリアリティをもちえないのが、今を生きる私たち。この作品は、現代の複雑な社会構造と、今を生きる私たちの新たな行く末を示したものでもあるのです」(廣瀬さん)

廣瀬智央展「官能の庭」は11/29〜12/27
小山登美夫ギャラリー(東京)
http://www.tomiokoyamagallery.com/ 

川上典李子

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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