うつわディクショナリー#70 英国うまれ、日本育ち、山田洋次さんのスリップウェア

信楽の土から生まれる焼締スリップウェア

陶芸家の山田洋次さんは、20代で出会った英国発祥のスリップウェアという焼物を、日本の陶産地・信楽で制作しています。信楽の土を使って作るにあたり試みたのは、釉薬を使わない焼締の技法で作ることでした。焼締は、一度水に通して使うとしっとりと涼しげに変わる夏にこそ使いたいうつわ。日本生まれのスリップウェアを食卓にひとつ、ぜひ。

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—今回の展示は、陶芸家・山田洋次さんと造形作家・水田典寿さんによる二人展。流木や廃材を使った水田さんの作品と山田さんのスリップウェアはすごく相性がいいですね。インテリアとして飾っても見応えのあるスリップウェアを、山田さんが作るようになったきっかけは?
山田:信楽焼で知られる滋賀県で生まれ育ち、信楽の窯業試験場で焼物を学んでいた2003年に日本民芸館の「スリップウェア展」のポスターを見て衝撃を受けたのがきっかけです。初めてみた焼物でしたが、なぜだか、そこに自分がやってみたいことがあるような予感がして。発祥の地であるイギリスで学ぼうと渡英し、英国人の陶芸家に師事しました。それ以来17年間、スリップウェアにハマっている状態といえるかもしれません。
 
—スリップウェアとはどんな焼物ですか?
山田:18〜19世紀頃にイギリスで使われていた厚手の食器で、表面にひと筆書きのようなぐるぐる模様やマーブル柄のようなパターンが施されたものをいいます。板状にした粘土に、さらさらの泥漿(泥状の化粧土=スリップ)でぐるぐると線を描いたり、太めの線を先の尖ったものでひっかいて複雑な模様にしたり。その後、型に当てて成形して焼くのが一般的な作り方です。
 
—長年スリップウェアを中心に制作していますが、山田さんにとってスリップウェアとはどういうもの?
山田:単純な手の動きにより泥漿で模様が描かれた道具的なうつわ。ものとしては、そんなところだと思うのですが、古いものが残っているので、作られた時代や地域性、当時の工芸や人間そのものについて、想像が膨らむのがいいですね。最近は、18世紀に初めて作られた時に関わっていた人々に興味があります。
 
—イギリスのスリップウェアは釉薬のかかったつやのあるものですが、山田さんが作るものには、焼締が多いですね。
山田:オリジナルのスリップウェアは、オーブンウェアとして使うなどイギリスの食文化に根ざした食器でした。自分がそれを日本で再現する意味を考えた時にも、生活に根ざしたものとして身の回りにある素材を取り入れたいと思い、自分が住む場所の土を掘ってきて、釉薬をかけずに焼いてみた。すると、いい感じのものができたんです。その時、自分でも何をしているのか理解はできていないけれども、体が自然と動いて制作が進み、できあがったものもよいと思えた。その感覚は、もしかしたら当時の英国の陶工が感じていた感覚に近いのかもしれないと思ったりしています。
 
—その感覚を持って、いま、作っていると?
山田:時代や環境が変わっても、あの感覚を持ち作り続けることができれば、いいものができるのではないかなと思っています。
 
—同じ焼締のスリップウェアでも、さまざまな色や質感があるのはなぜ?
山田:土と焼き方の違いです。土は、信楽の異なる場所から掘ってきた原土の赤土、白土、信楽と瀬戸の原土をブレンドしたものの3種類、焼き方は薪窯と灯油窯と電気窯を使い分けていて、土と焼き方の組み合わせによって、荒々しいものができたり、すっきりとした表情になったり、表面にブツブツと白い石が出て景色になるものがあったり、変わってくるんです。
 
—スリップウェアという制約のなかで、さまざまな表現方法を試みているんですね。
山田:スリップウェアがなんなのか、まだまだ分からなくて。それを理解しようと、角度を変えながら仕事をしています。化粧土で線を描く作業ひとつとっても、最初は一枚一枚、意識しながら描いていたのですが、いまは、自分が気持ちいいなという手の動きがある。気持ちを落ち着けて「すっーと」描くと、無理のない、いい線が描けるんですよね。
 
—新作の黒いピッチャーも素敵です。
山田:これは、最近使っている赤土でかたちづくり、化粧土の白と黒を何層にも重ねて焼いています。重ねることで強度が増すと同時に、焼いた時に下から地の色が顔を出し、白と黒が絶妙に混ざり合うこともある。僕自身、作っていてとても面白い作品でもあります。
 
—何層も塗り重ね、強度をもたせるとはまるで漆器のようですが、山田さんの発想から生まれるそういう新しい焼物は、いつもかっこよくて驚きます。
山田:自分の足元にある土の性質と、自分が持つ焼物の知識を掛け合わせて、自分なりの方法で作るのが面白いですね。初めてスリップウェアを見た以上の感動が、いまだないことも、いろいろなアプローチを続けている理由かもしれません。
 
—探求は続きますね。
山田:その垣根はいまや薄れているようにも思いますが、“焼物の職人”であるという気持ちを忘れずに“作家”の仕事をしていきたいと思っています。もうすぐ、新しい場所に工房を写し、薪窯もできるので、コツコツ新しいことに取り組んでいきたいですね。
 
*2020年8月16日まで「工藝 器と道具 SML」にて「山田洋次&水田典寿」展を開催中です。
 

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今日のうつわ用語【スリップウェア・すりっぷうぇあ】
もともと18世紀頃にイギリスやドイツで大皿のオーブンウェアやパイ皿として使われていた陶器で、素地に泥漿(泥状の化粧土=スリップ)をかけ、網目や櫛目模様を描いたり、泥漿で線を施した後、ガレナ釉という鉛を原料とした釉薬をかけて焼いたもの。現代では、鉛を含む原料は使われないが、いま手に入る素材を駆使して、さまざまな作家がスリップという技法を取り入れた作品づくりをしている。

【PROFILE】
山田洋次/YOJI YAMADA
工房:滋賀県信楽町
素材:陶器
経歴:信楽の窯業試験場で焼物を学んだのち、2007年に渡英。Maze Hill Potteryにてリサ・ハモンド氏に師事。帰国後、信楽の製陶所で働く傍ら、作品を作り2014年独立。1980年、滋賀県生まれ。https://yamayo-pottery.com/

工藝 器と道具 SML
東京都目黒区青葉台1-15-1 AK-1ビル1F
Tel. 03-6809-0696
営業時間:12時〜19時(11:00〜土日祭)
✳不定休 ✳商品の在庫状況は事前に問い合わせを
http://www.sm-l.jp


「山田洋次&水田典寿」展 開催中
会期:2020年8/8(土)〜8/16(日)
会期中無休

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

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