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児童精神科医が、子どもへの体罰を批判する理由。

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4月30日の暴力のない教育国際デーに伴い、「Stop Veo」(子どもに対する体罰の根絶に向けた活動を行う団体)は、子育て世代の意識を高めるため、4月15日(月)に医療従事者を対象とした前例のない情報キャンペーンを開始した。2015年、児童精神科医であるジル=マリー・ヴァレ氏に体罰の問題に関するインタビューを行った。

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「Stop Veo」は、医療従事者たちを通じ、4月15日(月)に全国の子育て世代に向けてキャンペーンを開始した。Photo: Getty Images

私たち大人は子どもに対する平手打ちなどの体罰は禁止すべきだろうか? 11月30日に行われたフランス国民議会(下院)は、民主運動(MoDem)のモード・プティ議員が提出した子どもたちに対する精神的、肉体的な体罰を禁止する法案を可決した。

同法案が上院で審議されている間、「Stop Veo」は4月15日(月)、医療従事者を通じて、全国の子育て世代に向けた情報キャンペーンを開始した。活動に参加するクリニック向けに医師や一般向けのポスターや小冊子のキットが配布され、相談窓口が設けられ、体罰ではない解決策の提案を行う。

「Stop Veo」によると、フランス人の親の85%がいわゆる体罰の経験を持つ(2013年度調べ)。フランスは長年、親の子どもに対する体罰が問題視されており、欧州評議会(CoE)が2015年に、また「子どもの権利委員会(CRC)」が2016年に勧告を行なっている。

平手打ちなどの体罰が子どもに本当に有害であるかどうかを調べるため、2015年、フィガロ編集部は児童精神科医であるジル=マリー・ヴァレ氏の調査(*1)に加わった。

*1 Les 50 règles d'or pour se faire obéir sans crier  著者:ジル=マリー・ヴァレ、Larousse刊(Les Mini Larousse シリーズ)、96ページ、3,90ユーロ

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大人から暴力を受けている子どもに、暴力とは何か、なぜ悪いことなのかを理解させることはできるでしょうか?


体罰は禁止すべきですか?

はい、それに議論の余地はありません。法律で禁じるようになれば、体罰を加えることは減っていくでしょう。しかし、もっと重要なのは「体罰をするべきではない理由」を理解することです。たとえば、専門家によるアウェアネス・キャンペーンを通じて、役立つ情報や実践方法を知ることができます。私たちは立派な大人です。禁止されることがあれば、それはなぜなのかを知るべきです。必ずしも直感によって理解する必要はないのです。

いまだに体罰にはメリットがあると考える人がたくさんいますが、それはなぜだと思われますか?

体罰を肯定する児童や教育の専門家など存在しません。体罰を肯定的に考える人たちというのは「昔はよかった。自分が幼い時は……」と過去に郷愁を覚えて行うのです。「いまとなってはよい思い出だ。自分にとって悪い経験ではなかった」と体罰を美化しているのです。

実際そのように感じる人もいるかもしれませんが、必ずしも皆がそう捉えるわけではありません。何十年も昔にはムチを使ってさえいました。昔から行われているからという理由で体罰を続けるべきではありません。体罰は教育する力がないことの表れです。幼い子どもたちは叩かれるのではなく、教えられるべきなのです。

体罰は子どもたちに対して大人が自発的に行う暴力であることを認識しなければいけません。大人から暴力を受けている子どもに、暴力とは何か、なぜ悪いことなのかを理解させることはできるでしょうか? 体罰にはまったく意味がありません。

平手打ちはどうでしょうか?

平手打ちは顔を叩かれるため、非常に暴力的でトラウマになりやすいです。頬にしばらくの間、手の痕が残っているのを見ると、子どもは非常にショックを受ける可能性があります。とにかくどんな暴力であろうと有害です。子どもはいたずらをやめるわけもなく、むしろ親をもっと恐れて、隠そうとしたり、嘘をついたりします。

体罰に慣れてしまうと、親はそれを些細なことに感じるようになり、より頻繁に行う危険性が増していきます。そして子どもを教育するというよりもむしろ、自分の怒りを発散するために子どもに手をあげるようになるのです。

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子どもを部屋の隅に立たせたり、部屋に閉じ込めたりするのはどうでしょうか?

一時的に一定の場所に留まるよう命令することから、間接的な体罰といえるでしょう。しかし、暴力ではありませんから問題はありません。しかしながら、正直に言えば、子どもが閉じ込められた部屋の中で自分の行ったいたずらについて考えを巡らせ、反省すると思いますか? これもまた問題の本筋から逸脱しているといえるでしょう。

子どもというのは立ち止まって複雑な状況について分析するほど成熟していませんから、大人が怒られた理由を説明しないかぎり理解できません。

フロイトの精神分析では、子どもへの罰について多くの議論が交わされています。これは何を意味するのでしょうか?

それはごく当然のこととして、普通に議論を交わしているのです。しかしながらフロイトの文章に出てくる「罪」というのは実に悪い翻訳であり、解釈ですね。実際には「罪」ではなく、「リミット(限界)」という言葉に置き換えるべきでしょう。

子どもは親に注目してほしくていたずらをするものなのです。子どもは自分の取り巻く世界がどこまで穏やかで平和なものなのか、その限界を知ろうとするのです。だからこそ子どもを叩くのではなく、子どもに物事を説明し、話し合うべきなのです。しっかり説明をした後に、おもちゃを手の届くところから片付けたり、壊れたものを直したりするように指示してもよいでしょう。

親である皆様には、子育てとは徐々に大きく育てていくものであって、暴力で自尊心を傷付けたり、卑下したりするものではない、ということをよく理解してもらいたいと思います。

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texte : madame.lefigaro.fr, traduction : Hanae Yamaguchi

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