夏、パリから直行できるプチ・カルチャー・トリップを。#04

パリから1時間。カミーユ・クローデル美術館へ。

特集

今年は彫刻家オーギュスト・ロダンの没後100周年。彼の名前がよく聞かれる1年なのだが、同時にカミーユ・クローデル(1864〜1943)の話題もよく取り上げられる。イザベル・アジャーニが主人公を演じた映画『カミーユ・クローデル』が1988年に公開され、彼女のロダンとの短いながらも強烈な師弟関係、そして二人の愛情生活は有名な物語となった。そして彫刻家カミーユ・クローデルの存在そのものも、世間の知るところとなった。79歳で亡くなるまで30年間過ごした彼女の精神病院時代を扱った映画『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』では、ジュリエット・ビノシュの名演で彼女の悲壮な後半生が描かれていた。では彼女の作品はというと、『幼い女城主』『ワルツ』『おしゃべりな女たち』などが、比較的有名だろうか。精神を病み始めたときに、かなりの数の作品を彼女自身で破壊してしまったそうで、90作品くらいしか残ってないらしい。

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『幼い女城主』(1896)、『おしゃべりな女たち』(1896)などが、カミーユ・クローデルの作品としてよく知られている。

アウトレット・シティとして有名なトロワ行きの列車にパリの東駅から乗って、約1時間で着くNogent sur Seine(ノージャン・シュル・セーヌ)に 、この春「カミーユ・クローデル美術館」が開館した。クローデル一家が住んでいた建物も美術館の一部となっている。

この地でカミーユが暮らしたのは3年間と短い。しかし、12歳の彼女が彫刻を始め、そして彫刻家になりたいと願うようになった運命の地が、このノージャン・シュル・セーヌなのである。彼女の才能に気がついた父親がアドバイスを求めたのは、街に住む著名な彫刻家アルフレッド・ブーシェだった。パリに移って本格的に彫刻の道を歩みだした彼女に指導を続けていた彼だったが、サロンで受賞してフローレンスに行くことに。その際に彼女の指導役を彼が託したのが、友人のロダンだった。この出会いから、19歳の美しい彼女は彼の弟子となり、ミューズ、愛人となり……。ロダンも認める才能の持ち主の彼女は、別れた後、彼とのいかなる接触も頑なに拒んだそうだ。ロダンに自分のアイデアを盗まれるという脅迫観念に捕われたらしいが、自分の作品が彼から影響を受けていないことを世間に認めさせるには、この時代の女性の芸術家としてはこの方法しかなかったのだろう。

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中央がカミーユ・クローデル、左右がオーギュスト・ロダンの作品といった展示法で師弟の仕事を同時に見せているコーナーもある。

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カミーユ・クローデルの初期の作品から。『うずくまる女』(1884~85)はロダンの作品からのインスピレーションが明快だ。

美術館全体では、カミーユの作品43点を含め、合計250作品の彫刻を15室で展示している。彫刻にはあまり馴染みがないというのなら、2階の展示から鑑賞を始める方がとっつきやすいかもしれない。2階の展示は、19世紀末のダンスやスポーツなどからインスパイアされた動きを追求した彫刻の部屋に始まり、ロダンのアトリエ、そしてカミーユ・クローデルの仕事を紹介する5つの部屋で構成されている。ほぼ時代順なので、彼女の仕事の変遷をみることもできる。

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2階第10室の1では、さまざまな作家によるダンサーのロイ・フラーなどにインスパイアされた動きの彫刻を展示。

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カミーユ・クローデルの作品は『ラ・ヴァルス』(1889〜94年)、神話の『ペルセウスとゴルゴーヌ』(1897年頃)など題材もさまざま。

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14号室は『L’age mûr』(1890〜1907)がメイン作品。左上の女性が引っ張って行く男性を、ひざまずいてすがる右の女性。ロダンと10〜15年にわたる情熱的な関係を続けたカミーユは、ロダンの年上の内妻ローズの存在ゆえ1898年に彼の元を去る。『L’age mûr』にはロダンをめぐる、ローズとカミーユの三角関係がみてとれる。11月に公開されるイジア・イジュラン&ヴァンサン・ランドン主演の『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』では、この三角関係にもスポットがあてられているそうだ。

ノージャン・シュル・セーヌは前出のアルフレッド・ブーシェを含め、マリウス・ラミュス、ポール・デュボワという3名の有名な彫刻家が暮らしていた土地である。というわけで、カミーユ・クローデル美術館の1階では、彼らの作品を紹介。また、内装に取り入れられた装飾芸術としての彫刻を紹介する部屋もある。

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1階では、アルフレッド・ブーシェのレリーフをはじめ、彫刻のバラエティが豊かに揃えられている。

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『シュゾン』(1875)や『牧神とニンフ、あるいはミノタウロス』(1885頃)など、オーギュスト・ロダンの作品も鑑賞できる。

Musée Camille Claudel
10, rue Gustave Flaubert
10400 Nogent-sur-Seine
開)11:00~18:00(金、土 〜19:00)
休)月
料金:7ユーロ

美術館から徒歩で行ける距離に、16世紀に建築されたサン・ローラン教会がある。ここではカミーユの才能の発掘者アフルレッド・ブーシェによる『ピエタ像』(1894)、ポール・デュボワによる『聖母マリアとその子イエス』(1866)の見学を。

ノージャン・シュル・セーヌは、名前が物語るようにセーヌ河が市内を流れている。パリのセーヌ河より上流で、見慣れたセーヌ河とは異なる趣だ。河沿いに遊歩道が設けられているので、散策を楽しむのもいいだろう。それよりショッピング! というのなら、アウトレットの街トロワまで電車で30分なので駅へ向かおう。

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教会内、“ノージャンテ”と呼ばれるノージャン・シュル・セーヌ出身の彫刻家2名による作品。

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ノージャン・シュル・セーヌでは河岸散策を。

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父親がこの地の出身者である作家のギュスターヴ・フロベール。彼の著書『感情教育』に登場する密会の場所のヒントとなった、メゾン・ラ・チュルクが駅から美術館への途中にある。街歩きに疲れたら、カフェ・ブラッスリーCafé de Bellevueで一休み。
photos:Mariko OMURA

réalisation:MARIKO OMURA

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