『オペラ・モンド』展。視覚芸術として見るオペラがおもしろい。

パリとバレエとオペラ座と。

2019年、350周年を祝うパリ・オペラ座。同時にオペラ・バスティーユ30周年にあたることから、このふたつを祝うイベントが多数用意されている。そのひとつが、メスのポンピドゥー・センターで開催中の『Opéra Monde (オペラ・モンド) 』展だ。総合芸術の追求、とサブタイトルが付けられている。演目の時間が長い、歌詞を理解するのに字幕に目を走らせつつ舞台を見なければならない、チケットが高額、といったことからオペラ鑑賞に尻込みをしがちな人が少なくない。でも、20〜21世紀のビジュアルアートとの出合いにフォーカスを置き、いかにビジュアルアートとオペラがお互いを育み合っているか、に視点を置いたこの展覧会を一巡すると、世界中で上演されるオペラに関わったアーティストの数に驚かされる。ラスロー・モホリ=ナギ、カジミール・マレヴィッチ、デレク・ジャーマン、マシュー・バーニー、サイ・トゥオンブリー、デイヴィッド・ホックニー、ジェームズ・タレル……。歌声に身を委ねるだけでなくアートとしてオペラを見に行ってみようという興味が湧くに違いない。

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ポンピドゥー・センター・メスの1階で来場者を迎える巨大なキング・コング。サイズは10m(H)×13.5m(W)×3m(D)。

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2007年、『マクロプロス事件』でオペラ・バスティーユの舞台を飾ったキング・コング。Małgorzata Szczęśniakが舞台装飾を担当した。© Pascal Victor / ArtComPress. Courtesy Opéra national de Paris

オペラ・バスティーユ30周年。

ポンピドゥー・センター・メスの1階、『オペラ・モンド』展の序章として設置された、11mの高さの巨大なキング・コングに出迎えられる。2007年にオペラ・バスティーユで公演された『マクロプロス事件』のために創られたもので、1989年7月14日に劇場の落成記念公演を催して以来、最大の舞台装置だという。手がけたのはMałgorzata Szczęśniakだ。旧ヴァンセンヌ郊外線バスティーユ駅(69年廃駅)の跡地に、フランス最大の歌劇場として建築されたオペラ・バスティーユ。81年の就任後すぐにフランソワ・ミッテラン大統領は「グラン・プロジェ」と名付けたパリ大改装プロジェクトを立ち上げ、これによりピラミッドの建築を含むルーヴル大改造が行われ、またオペラ・バスティーユが建築されたのだ。オペラ・ガルニエが建築家の名前で呼ばれるのに対し、こちらは建築家の名前があまり知られていない。国際コンクールの結果、選ばれたのは当時35歳のウルグアイ出身カルロス・オット(46年〜)。その後中国でキャリアを築いた建築家である。

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パリ・オペラ座350周年とオペラ・バスティーユ30周年を祝って、現代アーティストのクロード・レヴェックによるティアラがオペラ・バスティーユを飾っている。©ADAGP Claude Léveque Photo. archive kamel mennour Courtesy the artist and kamel mennour, Paris/London

19世紀に建築されたオペラ・ガルニエに比べ、外観も観客席もとてもミニマルでモダンなオペラ・バスチーユ。舞台裏の機能についても20世紀のテクノロジーがフルに活用された近代的な劇場だ。バレエ公演も開催されるが、基本的にオペラのための劇場なので最上階の観客まで満足させる音響設備が用意された。劇場は2〜3の公演が同時期に開催でき、さらに2演目のリハーサルも可能な作りとなっている。舞台と同じ広さのスペースが舞台奥と下のフロアにあり、舞台装置をそっくりそのまま移動できる巨大なリフトが3基。これにより壮大な舞台装置が可能となり、さらに、その入れ替えもスピーディに行える。さらに建物はコスチュームのアトリエ、大道具・小道具制作のアトリエ、ストック、楽屋などにもスペースが割かれ、メイン劇場(H45m×W30m×D25m)が占めるのは22,000平米のうちのたった5%だそうだ。

カルロス・オットによるオペラ・バスティーユは、近代的な劇場の模範となる建築物。30周年を祝う今年、その拡張工事計画が発表された。これにより800席の公演会場が追加されることになる。完成は2023年に予定されている。

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オペラ・ガルニエに比べ、シンプルな劇場内。光源が自然光に感じられるよう、天井には2000本のネオンが使用されている。

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舞台裏から観客席を眺める。 ©Patrick Tournebouef-Tendence Floue

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モホリ= ナギ、ホックニー、マシュー・バーニー、ジェームズ・タレル……。

ポンピドゥー・センター・メスに戻ろう。展覧会『オペラ・モンド』は10幕からなるひとつのオペラ作品のように構成されている。会場構成はMałgorzata Szczęśniakに任され、部屋から部屋への移動につれて幕が変わってゆく劇場空間仕立てだ。コスチューム、マケット、ビデオなど約300点を展示し、コンセプチュアルアート、コンテンポラリーアートの実験的な場としてのオペラを紹介してゆく。

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会場第8幕は、オリヴィエ・メシアンによる『アッシジの聖フランチェスコ』。メシアンが完成に8年という長い年月を要したことで知られている。ここでは2011年、ミュンヘン・バイエルン国立歌劇場での上演時の衣装を中心に展開。

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第5幕は時間と空間がテーマ。1984年のヴェネツィア・ビエンナーレで上演されたルイジ・ノーノのオペラ『プロメテオ』では、建築家レンゾ・ピアノによる舞台装置も話題を呼んだ。1/20の模型を展示。Photo:Stefano Goldberg © Fondazione Renzo Piano

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ガートルード・スタインの文章からインスパイアされて生まれたオペラ作品『To Be Sung』(1994年)は創作工程がユニーク。光のインスタレーションを担当したジェームズ・タレルの仕事と並行してパスカル・デュサパンは作曲していったのだ。

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最後のギャラリーでは、マリア・カラス主演の映画『王女メディア』を監督したピエル・パオロ・パゾリーニやピナ・バウシュの仕事を人間の身体をテーマに紹介。

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オペラの舞台装置というのは過去においては劇場の技術者たちがしていた仕事。アーティストが担当するようになったのは、『コック・ドール』(1914年)からだという。以来、オペラはアーティストたちが芸術的欲求を自由に展開できる工場のような存在に。前衛的なセノグラフィが見られた初の作品はアルノルト・シェーンベルクの『幸福な手』(10〜13年)、複数のジャンルの芸術が交差したのはフィリップ・グラス×ボブ・ウィルソンの『浜辺のアインシュタイン』(76年)……。モーツァルトの『魔笛』(1791年)、ベリーニ『ノルマ』(1831年)といった古典作品は公演のたび、タブーを犯し、変形をしつつも、その永続性を守り続けている。オペラが扱うテーマも政治、社会問題へと広がりを見せ、アーティストによってはオペラの舞台を声明の場所として活用も。オペラは手を加えてはいけないエリートの世界ではない。このように境界線が取りはらわれ、世界が広がることで、より大勢の人をオペラへと誘うのだ。

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イーゴリ・ストラヴィンスキーによる『放蕩児の遍歴』(1951年)が82年にフィレンツェで上演された際、緞帳を担当したのはデレク・ジャーマン。これはロンドンを舞台に展開される、第1幕第2場のThe Punk Style。© Derek Jarman © Maggio Musicale Fiorentino Fondazione

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デイヴィッド・ホックニーによる緞帳『放蕩児の遍歴』(1975〜79年)。アトリエから舞台装飾へ、というテーマで、会場ではサイ・トゥオンブリーによる緞帳の仕事も展示。Los Angeles, Collection The David Hockney Foundation © David Hockney

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2005年にオペラ・バスティーユで上演された『トリスタンとイゾルデ』ではビル・ヴィオラによる映像が背景に。強烈な存在感で、舞台上の歌い手を混乱させるほどだったとか。Photo:Charles Duprat 、Courtesy du photographe et de l’Opéra national de Paris© Bill Viola

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2015年、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場での『ノルマ』。ローマ支配下のガリア地方というのがもともとの『ノルマ』の舞台だが、この時はカーラ・ウォルカーの舞台装置、衣装により舞台は19世紀末ヨーロッパの支配下にあったアフリカへ移動。初演後、大きなスキャンダルを呼んだ。Photo:Michele Croisera © Michele Crosera / Teatro La Fenice, Venise © Kara Walker, courtesy Sikkema Jenkins & Co., New York

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2005年、ブリュッセルの王立モネ劇場での『魔笛』はウイリアム・ケントリッジが舞台監督、舞台装置、衣装を担当した。Photo:Johan Jacobs
Courtesy du photographe et de La Monnaie, Bruxelles © Johan Jacobs / théâtre royal de la Monnaie, Bruxelles © William Kentridge, courtesy Marian Goodman Gallery

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1935年のオペラ『ルル』。2012年ブリュッセルの王立モネ劇場での上演に際し、Małgorzata Szczęśniakが舞台装置と衣装を担当した。© Bernd Uhlig / théâtre royal de la Monnaie, Bruxelles

この展覧会でオペラに興味を持ったのであれば、9月にオペラ・バスティーユで公演のある、ジャン=フィリップ・ラモーのオペラバレエ『優雅なインドの国々』へ。1735年のオペラ作品をクレマン・コジトールがどう演出するか、が興味を持たれている。というのも、ダンスが大きなパートを占めるこの作品、2003年の上演時は振り付けがブランカ・リーだったのだが、今回はビントゥ・ダンベレが振り付けを担当し、1990年代にL.A.のゲットーで生まれたダンスKRUMPで踊られるからだ。今後は劇場ではなく、現代アート美術館や先鋭アートギャラリーに行く、という感覚でオペラ鑑賞してみてはどうだろうか。

なお、この展覧会の一環として市が開催するナイトフェスティバルの際にドミニク・ゴンザレス=フォルステルの作品を鑑賞できる。会場はフランス最古の劇場であるメスのオペラ座だ。

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オペラ座の第三の劇場である3e Scèneのクレマン・コジトールによる映像『優雅なインドの国々』(2018年)で、ラモー作曲のバロック音楽とKRUMPのダンスの組み合わせの妙をすでに見ることができる。©ADAGP, Paris 2019

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ドミニク・ゴンザレス=フォルステルの『Helen & Gordon』(2015〜16年)はメス・オペラ座にて鑑賞を。(8月15〜17日、22〜24日、29〜31日の21時〜24時。9月5〜7日の20時30分~24時)
Courtesy museum in progress, Vienne © Adagp, Paris 2019

『Opéra Monde』展
開催中〜2020年1月27日
Centre Pompidou-Metz
1, parvis des Droits-de-l’Homme
57000 Metz
tel:03-87-15-39-39
営)10時〜18時(10月31日までは金、土、日は〜19時)
休)火
料金:7ユーロ〜
www.centrepompidou-metz.fr
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。

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