食べるばかりが能じゃない。芸術品が語る5000年の食の歴史。
PARIS DECO
ルーヴルといってもパリではなく、ランス市のルーヴル美術館だが、『権力の食卓。プレスティージュな食事の歴史』展が春から夏にかけて開催される予定だ。メソポタミア朝から、中世を経て現在のエリゼ宮まで約5000年のアール・ドゥ・ターブルをテーマに考古学ピース、絵画、食器、アートオブジェなど400点が展示される。
紀元前2600年頃の宴の光景が彫り込まれた壁の装飾。Paris, musée du Louvre © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Jérôme Galland
いまの時代、食事といったら家族や友達と和やかで良き時間を分かちあうというイメージだが、過去において食事は権力、ヒエラルキー、プロトコル術の展開の場だった。その点にフォーカスした展覧会の展示は5章に分けられ、人類最古の文明とされるメソポタミア文明から時代順での構成だ。日頃あまり考えることのなかった食事の歴史にスポットを当てた珍しい展覧会。王たちの食卓が権力の誇示の場であったことが素晴らしい芸術品の創造におおいに貢献していることにあらためて思いいたらされ、またパリの骨董店や蚤の市で、あるいは美術館で絵画を見ながら、これは何?どんな用途?と首をかしげた品についての説明が得られ……5000年の食文化を駆け巡るので、会場を出る時にはさまざまな知識で頭が満腹になる展覧会だろう。
展覧会のプロローグは、まるでいまの時代を反映するかのような清めの儀式「手洗式」だ。
19世紀の見事な銀の水差し「Klagmann」が、清浄のために手を洗う儀式の大切さを物語る。 Jean-Valentin MOREL, d’après Jean-Baptiste Jules KLAGMANN(1856年), Paris, musée du Louvre © Photo RMN - Daniel Arnaudet
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最初の章は“プロトコルの誕生”とサブタイトルされた「権力の食卓」(紀元前3000〜紀元前700年)。舞台はメソポタミア、古代エジプトで来場者は神の食卓、王の食卓に招かれる。ここは饗宴のコードや組み立てを紐解く章だ。神の饗宴として神話に残されているように、紀元前3世紀、シュメール人たちにとって寺院の建立、戦いの勝利を祝う饗宴は神に捧げる祭祀だった。
また古代から、食卓を支配することはイコール世界を支配する方法。食事は君主たちによる権力のデモンストレーションの場で、饗宴の準備がひとつの独立した芸術となったのもこの時期だ。
左 : ブロンズ像「杯を手にする人物」(紀元前1230〜紀元前1050年)Paris, musée du Louvre © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Franck Raux
右 : 素焼きの壷(紀元前1900年)。Paris, musée du Louvre, département des Antiquités orientales © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Raphaël Chipault
オリエントの君主のテーブルの次は、「市民の横たわる饗宴」(紀元前700〜紀元前500年)。ここでは古代ギリシャ、ローマにおける、寝そべって食事をする慣行を発見する。市民権の出現と結びつき、この慣行は和やかという観念を食事に吹き込むのだ。
ヘレニズム期(紀元前334〜紀元前30年)になると、 アール・ドゥ・ラ・ターブルでの競い合いが、拡大し豊かになった帝国間に生まれる。その結果、サヴォワールフェールの発展があり、銀食器やグラスなどのクリエイションはますます豪華さを増してゆき、饗宴はより素晴らしいものへと。会場内、食事を分かちあえる状況が再構築されている。ソファに横たわり、時代の気分を味わってみよう。
左 : 小柱に注ぎ口がのった壷(紀元前590〜紀元前575年)。宴の光景が描かれている。Paris, musée du Louvre, département des Antiquités grecques, étrusques et romaines © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Stéphane Maréchalle
右 : 注ぎ口が3つの壷(20〜50年)。Paris, musée du Louvre, Département des Antiquités grecques, étrusques et romaines © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Christophe Chavan
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この後、時代は一気に中世へと進み、「食卓の名誉席」(1000〜1700年)では西洋の王様の食卓へと招かれることになる。中世社会の繁栄を物語ることのひとつが、食卓の名誉席。権力者はテーブルの中央に座り、その地位と力を証明するのだ。この時代にコースではなく卓上に食事をすべて並べるフランス式サービスが生まれ、また、サイドボード、舟型の容器やオブジェ、センターピースなど豪華な品々が作られることになった。17世紀末には、卓上飾り鉢が登場する。豊かな装飾が施された器で、ここに調味料を置いたり、また夜の食事には光源をここに乗せて、といった用途だった。
展覧会では16~18世紀の絶対王政期のテーブルの豪奢ぶりも披露する。ルイ14世の時代、ヴェルサイユ宮殿の見学者たちが見守る中での公開食事があるいっぽうで、和やかさを求めて宮殿内に食事の間が設けられ、丸テーブルが配置されることになる。ここは食べる楽しみにあふれた和気あいあいとした夜食の場だったそうだ。
コンデ公のシルバーの卓上飾鉢(1736年)。Paris, musée du Louvre, département des Objets d’art © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Philippe Fuzeau
『五感、味覚』(1635年以降)。 Abraham Bosse作とされる油彩画。Musée des Beaux-Arts – Tours © RMN-Grand Palais / image RMN-GP
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次は「セーブル焼き食器外交」の章。ヴァンセンヌ、ついでセーブルで、食事内容に合わせたソフトペースト磁器の食器が発明される。これら素晴らしい品々のおかげで、ヨーロッパにおけるフランスの知名度は上昇。王はこれらをふんだんに寄贈し、真のセーブル焼き外交が生まれるのである。
ルイ15世のセーブル焼き食器のセット「ブルーセレスト」(1753〜55年)より。Versailles, châteaux de Versailles et de Trianon © RMN-Grand Palais (Château de Versailles) / Gérard Blot
ソフトペースト磁器のペアの角笛(1807〜13年)。ナポレオン1世が1814年元日に、ひとつはモンタリヴェ伯爵夫人に、もうひとつをロヴィゴ公爵夫人に送った。 Manufacture de Sèvres(1807〜1813年)Paris, musée du Louvre, département des Objets d'Arts © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Daniel Arnaudet
そして来場者たちは「1850年来のディナーのプロトコル」で1850年来のプロトコルが実施されている大統領官邸エリゼ宮の食卓に招かれる、という締めくくりの展覧会だ。フランスの美術館は1月末までの予定で目下クローズされている。2月1日からの再開に期待しよう。
会期:3月31日〜7月26日(予定)
Louvre – Lens
99, rue Paul Bert
62300 Lens
開)10時〜18時
休)火
料)18ユーロ
www.louvrelens.fr
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。
Instagram : @mariko_paris_madamefigarojapon