エルメス時代のマルジェラを訪ねて、アントワープへ。

Travel 2017.04.25

パリ北駅から直行列車に乗れば2時間ちょっとで行けるアントワープ。そのモード美術館MOMUで、「Margiela, les années Hermès(マルジェラ、エルメス時代)」展が始まった。見逃したら惜しい展覧会なので、日帰り、あるいは1泊で食とモードの街アントワープ散策を兼ねて、ぜひ。

タイトルが表す通り、1997〜2003年にかけてマルタン・マルジェラがエルメスにおいて12のコレクションで“ワードローブ”をクリエートした時代についてだ。会場は彼自身のメゾン、MMM(メゾン マルタン マルジェラ)のコレクションとエルメスでの仕事が対話するような構成となっている。マルジェラの白とエルメスのオレンジ。テーマごとに壁が2色に塗り分けられているので、展示されている服がどちらのメゾンのものかは一目瞭然だ。

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左:右から左へと流れてゆくビジュアルのパッチワークに見惚れてしまうMOMUのエントランス。
右:エルメスのオレンジとMMM (メゾン マルタン マルジェラ)の白の2色が会場内を支配する。

キュレーターは美術館長のカート・デボ。いったい、今なぜこの展覧会? という問いかけに、マルタン・マルジェラは8年前に去ったにもかかわらず、今も依然としてモード界の主役であり、若いクリエーターたちに見られる彼の仕事の影響は否定できず、そして、また彼のエルメス時代というのはインターネットの発達が今ほどではなかったので、その仕事があまり知られていないから、という3つの理由を彼女は挙げる。たとえパリコレ情報などで文章やビジュアルで知っていたとしても、一着で何通りにも着られたり、動きの自由や着心地の良さを追求したマルジェラによるエルメスは、実際にまとって身体で感じて初めて真価が理解できるもの。この展覧会のために作られた複数のショートフィルムも含めた展示を見ていると、服の手触りや着心地といった感触面のお裾分けをもらえるようでうれしい。

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スクリーンはエルメスの2001~02年秋冬コレクションの“巻きつきスカート”。S字状で歩くと片脚が見え隠れする。photo:Stany Dederen

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左:2000~01年秋冬コレクションのジャケット。革の3本のベルトと襟は取り外しが可能で、それによりごくシンプルなジャケットとしても着ることができる。photo:Stany Dederen
右:スクリーンのジャケットは左とは別型だが、システムは同じ。3本の革のベルトを外してミニマルに。

マルタン・マルジェラとエルメスの出会い

20年前に遡ろう。マルジェラがエルメスで仕事をする! このニュースが1997年に発表された時、この思いもかけない組み合わせにファッション界はいささか驚いた。エレガンス、伝統、リュクスといった形容をされるメゾンのエルメスで、前衛、再生、脱構築で知られるマルタン・マルジェラがどんな服をクリエートするのだろうか……。1996年、故ジャン=ルイ・デュマ社長がレディスプレタポルテ部門でクロード・ブルーエの後継者を探していた時に、マルジェラを提案したのは彼のメゾンのショーでモデル経験のあるデュマ家の長女で女優のサンドリーヌだった。マルジェラは デッサンやイメージボードなどではなく、自身のエルメスのコンセプトを7つの言葉で故デュマ社長に告げたそうだ。それは、快適さ、クオリティ、時間の超越、永遠、ハンドメイド、伝統、動きの中のエレガンス。マルジェラがエルメス? と、世間には大胆な決断に見えたかもしれないが、彼はこの7語で故デュマ社長の全幅の信頼を得たのだろう。1992年にエルメス入りしたデュマ社長の息子ピエール= アレクシィ・デュマは、マルタンのコレクションについてバイヤーとして関わっていたが、2002年の最後のコレクションでは父親とともにディレクションに参加した。その彼はこう語る。「マルタンがボタンを見せてくれた時のことが忘れられません。ボタンホールが4穴ではなく、6穴。そうすることによって、ボタンホールに糸でHを描けます。これはひとつのディテールに過ぎないけれど、デザインにおける彼のヴィジョンや強さを明快に表現していることだと思います」と。また、マルジェラによるエルメスのエッセンシャルについてのヴィジョンはエルメスが21世紀を迎えるにあたり、とても役立ったとも。「新しいヴィジョンを携えて、エルメスは21世紀に向かうことができました」と彼は称えている。

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左:ボタンホールを6つにすることにより、エルメスのイニシャルHが描ける。機能と装飾を結びつけたマルジェラのアイデア。
右:カレーシュのロゴはトランクやバッグにはふさわしいけれど、これから自分が担当するコレクションのモダニティにはふさわしくないとマルジェラは判断。70年代の手袋内に見つけたロゴを生成りの布に黒字で描くことを提案した。

エルメスのヘリタージュ

会場はくの字状の構成で、その境目のサークル状の小部屋のテーマは「ヘリタージュ」。エルメスといったら「ケリー」バッグ、カラフルな「カレ」……を誰もが思い浮かべるが、こうしたアイコンはマルタンのコレクションには最初から最後までダイレクトに登場することはなかった。しかし、例えば、「カレ」そのものはデザインしなかったが、四角いシルクの周囲をかがるルロタージュ(巻き縫い手作業)をチュニックやシャツで応用した。バッグやトランクに使われる有名なトワルH。これは素材をソフトにすることによって、服に活用した。ロゴについては、先にピエール=アレクシィが語ったように、ボタンの穴を6つにすることでHが縫い取れるように。エルメスらしい上品なロゴの見せ方である。アクセサリーにおいては、エルメスに1991年から存在する時計「ケープコッド」のために、手首を二周するドゥブルトゥール・レザーストラップをデザイン……。

マルジェラはエルメスの持つサヴォワールフェールを、現代のファッションに取りこむという控えめながら巧妙な方法をとったのだ。この小部屋で、エルメスのコードの1997~2003年の間の進化を知ることができる。

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左:ジャケットではなくまるで、ピクニック毛布を丸めて持ち歩いているかのようなジャケット・ホルダー。2000年春夏コレクションより。photos:Monica Ho(左)、Marina Faust(右)。
右:アンリ・ドリニィが1991年にデザインした時計の名作ケープコッドに、マルジェラは二重巻きの革のブレスレットをデザインした。photo:Serge Guerand/Hermès

≫ マルジェラのエルメス時代、エルメスのマルジェラ時代を対比させながら。

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マルジェラのエルメス時代、エルメスのマルジェラ時代

展示会場に入ると、仏女優が読み上げる女性への賛美の言葉が聞こえて来る。君は愛らしい、君はきらきら輝いている……。このプロローグはマルタンのエルメス時代、それは女性へのリスペクトがベースにあったことからだ。服の展示会場はエルメス/MMM(メゾン マルタン マルジェラ)のオレンジの箱と白い箱の山積みで始まり、テーマがシルエット、ヴァルーズ(船員の上っ張り)、キャスティング、アイコン、レイヤー、インサイド/アウトサイド、ニットウエア、袖、レザー、レトロ、菱形、イヴニングと続きジ・エンドとなる。テーマごとに、エルメスとMMM  が対話するように向かい合い、あるいは隣り合って展示されている。

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エルメスとMMMの対話のスタート。左はエルメスのトルソー。右はMMMのトルソーで、左のオーバーサイズのコレクションはアメリカサイズ78。photos:Mariko OMURA

例えば、「ヴァルーズ」と呼ばれる深いVネック・トップのコーナー。MMMでも早い時期からマルジェラが用いているヴァルーズを、ニットやチュニックとしてエルメスではベーシックアイテムに打ち立てた。髪を乱すことなく脱げ、また袖を脱いで腰に巻きつける着方もできる自由なヴァルーズだ。ニットのコーナーに行ってみよう。MMMではメンズソックス4足のパッチワークによる1990~91年秋冬コレクションのウールのセーターが見られる一方、エルメスでは1998~99年秋冬コレクションの縫い目のないカシミアのセーターを見ることができる。このサンプルを編んだのはマルジェラの母親だそうだ。また、キャスティングのコーナーでは、どちらのメゾンにおいてもマルジェラがプロのモデルをショーに使わなかったことが示されている。もっともMMM と異なり、エルメスでは25歳から65歳といった幅広い年齢層の女性がキャスティングの対象だった。

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テーマはシルエット。左は1998~99年秋冬のマルジェラによるエルメスの初コレクション。深いVネックのヴァルーズ・チュニック、肩はなだらかでゆったりとしたコート……。右は1989年春夏のMMMの初コレクション。ジャケットは狭まった肩に詰めものがされている。photos Stany Dederen

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テーマは「ニット」。左はエルメスの2003~04年秋冬コレクションのツインセット。右はMMM の1994~95年秋冬コレクションで、マルジェラは人形のツインセットを人間のサイズに拡大することによって起きるバランスの不均衡を見せた。photo:Stany Dederen

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テーマは「レイヤー」。エルメスのビキニならぬ“トリキニ”(写真左の奥)は、ビキニ+1の3ピースの水着で、中央のパーツのポジジョンは着る女性の自由に任された。MMMのレイヤーはトロンプロイユ。スパンコールの輝きまでもプリントで(中央)。Photos:Mariko OMURA

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テーマは「アイコン」。メンズ・ワード・ローブの定番を好むマルジェラによる、エルメスのトレンチとMMMのトレンチ。後者はオーバーサイズ・コレクションより。エルメス2003年春夏に発表したトレンチは、袖とケープ部分が一体となっていて、取り外しができる。それにより3通りの着方が可能だ。photos:Stany Dederen

このようにテーマが展開し、20年前のマルジェラの就任時、隔たりのあるように思われた2つのメゾンが融合して見えて来る「マルジェラ、エルメス時代」展。視覚的なメゾンのコードに囚われず、エルメスのエッセンスを理解することによって女性たちのためにエルメスらしいワードローブをクリエートしていたことを明快に見せているこの展覧会を見終えると、マルジェラの女性への敬意、故ジャン=ルイ・デュマ社長のヴィジョネアぶりに思いをはせずにはいられない。

カタログ

キュレーターのカート・ボデはまずマルジェラに相談し、次にエルメスにコンタクトをとって、この展覧会の実現に至った。公の場に姿を表さないマルジェラではあるが、展覧会だけでなく、カバーのビジュアルも含めてカタログ作りにも参加。そして自己のメゾンの共同創立者ジェニー・メランスと故デュマ社長にこのカタログを捧げている。2つのメゾンの服のビジュアルが満載され、またマルジェラのエルメス時代に関わりのあった種々の分野の人々人、マルタン・マルジェラの仕事に詳しい人々の18のインタビューも、読み応えたっぷり。カタログは3か国語(オランダ語、フランス語、英語)のバージョンあり。美術館1階の書店で入手できるが、アントワープまで行かれなければamazon.jpで購入が可能だ。

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左:カタログ。45ユーロ。
右:市電が通るNationalestraatにあるMOMU。右手後方にかすかに見えているのがドリス・ヴァン・ノッテンの本店。

「Margiela, les années Hermès」展
会期:~2017年8月27日
会場:MOMU ( Musée de la Mode d’Anvers)
Nationalestraat 28
Antwerp,Belgique
開)10:00~18:00(第1木曜 〜21:00時)
休)月曜
料金:8ユーロ

≫ ブティック、レストラン、ベーカリー……アントワープの街歩き。

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アントワープ散策

徒歩で回れる街なので、まずはアントワープ中央駅のツーリスト・インフォメーションで街の地図の入手を。中央駅からほぼ直線に延びているMeir通りをずっと歩いて行くと、ぶつかるNationalestraatにMOMU、そしてドリス・ヴァン・ノッテンのブティックがある。ここからは、「フランダースの犬」で有名なルーベンスの祭壇画がみられる世界遺産の聖母大聖堂も近い。

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ドリス・ヴァン・ノッテンのブティック。1階がレディース、2階がメンズ。

Dries Van Notten
Nationalestraat 16, 2000 Antwerpen
営)10:00~18:30
休)日(第1日曜は12:00~18:00の営業)
www.driesvannoten.be

また観光名所のルーベンスの家は駅とMOMUの中間地くらいにあり、こことMOMU を結ぶ何本かの道はファッションブティックが多く並んでいるので、家の見学後に界隈のぶらぶら歩きも楽しい。例えば、靴のセレクトショップとして名高いCoccodrillo(ココドリーロ)が3月後半に移転新装開店したブティックを覗いてみよう。ラフ・シモンズ、ドリス・ヴァン・ノッテンなどベルギーのブランドを始め、プラダやバレンシアガなど、セレクションの良さが売りである。1983年に開店したこの店のオーナー二人はベルギーの若い才能の支援で知られているが、その最初のクリエーターのひとりがマルタン・マルジェラだったそうだ。

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Geert BrulootとEddy Michielsの二人が1984年に始めた靴のセレクトショップ。新しいブティックはGlenn Sestigによる建築で、店内はメタルの棚の移動によって展示法が簡単に変更できる仕組みだ。修繕アトリエも常設。今シーズンから扱いを始めたブランドは、Carvil、Officine Creative、Olivier Theyskens(写真中段右)。

Coccodrillo
Arenbergstraat 2, 2000Anvers
営)10:00~18:00
休)日
www.coccodrillo.be

ここからMOMUに向かう時に細道Korte Gasthuisstraatを抜けると、途中1884年創業のパン屋のGoosensやベルギー名物フライドポテトの店などがあり、小腹を満たすことができる。もっとも、美味しそうなお店との出会いはこの道に限らず! 自然派には、中央駅の近くの動物園、スタッツ公園、植物園がおすすめ。スヘルデ運河の周辺は開発が進み、おしゃれなスポットが増えつつあって……と、この街の楽しみ方はとても自由。展覧会を良い機会に、パリからの小旅行におすすめのアントワープだ 。

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アントワープの街中、自転車で移動する人たちがとても多い。盗まれることがないのか、盗難防止ロックなどなしに自転車が通りのあちこちに留めてある。

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広場の周囲には必ずといっていいほどレストランが。晴天ならテラス席が快適。写真は、裏手に広い中庭のテラス席があるGraanmarktの広場に面したビストロDe Markt。

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パン屋Goosensはランチ時は長い行列。ウインドーに並べられた美味しそうなパンやビスケット類は、夕方にはぐっと種類も量も減ってしまうので早めの時間に行くのがベター。

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アールヌーヴォー建築を始め、歩きながら建築散策ができる街だ。左は20世紀初頭に建てられたアントワープ中央駅。パリからの列車タリスのプラットフォームは増築された地下スペースにある。右は Schuttershofstraat 19にある、外壁の美しいエルメスのアントワープ店。
photos:Mariko OMURA

réalisation:MARIKO OMURA

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