安曇野を盛り上げる、松本十帖のアメリカ人シェフとは?

Travel 2021.07.08

北アルプスに抱かれた信州の城下町、松本に、新しい風が吹いている。2020年7月、松本の奥座敷として知られる浅間温泉エリアに開業した松本十帖は、2つのホテルと本屋、レストラン、ベーカリーなどを擁する複合施設だが、その施設のひとつであるレストラン、三六五+二(367)が掲げる「ローカル・ガストロノミー」が、松本・安曇野地域全体を盛り上げつつあるのだ。

三六五+二(367)Sanrokunana
長野県/松本市

 

367-01-voyage-210607.jpg松本のシンボルといえば、3000m級の山々を擁する北アルプス。雪を頂いた山の裾野には「日本の原風景」と謳われる里山の風景が広がっている。畑の野焼きが春の訪れを告げる。

信州の食文化はユニークだ。たとえば諏訪の厳しい自然から生まれた保存食の凍りもち。木曽地方独自の発酵食すんきに、伊那や木曽の山里ではいちばんのごちそうだった五平餅。3000メートル級の山々と100を超える峠が他のエリアとの行き来を阻み、南北の気候の違いと独特の生活スタイルを生み出して、食文化にも大きな影響を与えてきた。

薪火グリルを謳う三六五+二(367)のグランシェフに就任したのは、東京・飯田橋のINUA(イヌア)で部門シェフを務めていたクリストファー・ホートン。以前から日本の地方の食文化に興味を持っていたといい、とりわけ発酵を駆使する郷土料理を追求したいと考えていた。

「こちらに移り住んだのが2020年11月のこと。松本の冬は、雪は少ないけれど底冷えする寒さで、地元の生産者を訪ねても『この季節は何もないよ』と言われたのが心に残っている。東京では世界中から届けられたあらゆる食材が通年で手に入るけれど、長野はもっと四季がはっきりしている。いまはどういう時季なのか、何が手に入るのか、そこにフォーカスしなくてはいけない。それが新鮮だった」

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クリストファーにとって幸運だったのは、移住して早々、キーとなる生産者と出会えたこと。メインの一品となる安曇野放牧豚を育てる畜産農家、藤原畜産の藤原喜代子がその人だ。

「標高800メートルの山中の養豚場で、地元の穀物や野菜、果物を餌に、完全放牧で養豚を行っている生産者。藤原さんの豚肉は、旨味がしっかりしていて歯ごたえがあり、脂はふんわり甘くて本当においしい。すっかり惚れこみました」

初めて会った時からお互いの食や風土への考え方、ローカルや自分たちを取り巻く自然に対する想いに深く共感しあったというクリストファーと藤原。松本は横の繋がりが深い土地柄だが、彼女が次々とユニークな生産者を紹介してくれた。

367-06-voyage-210607.jpgChristopher Lee Horton / アメリカ、ワシントン出身。15歳からキッチンで働き始め、14年に来日。アンダーズ東京のレストランで副料理長を務め、ノーマの姉妹店であるイヌアの部門シェフを経て現職。こちらは薪き火の前で食材の仕込みを行う様子。

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土地に根ざした文化や歴史を、ものづくりに込める。

この日はクリストファーとともに、彼が注目している農家・造り手を訪ねることになった。

「在来種・固定種野菜にこだわるササキシーズは土作り、苗作りから一貫して自分たちで行っていて、自家採種・自然栽培を貫く農家。一日の寒暖差が20度にもなる厳しい環境が、栄養素がぎゅっと詰まった滋味深い野菜を作り出すというオーナーの佐々木俊成さんの言葉には説得力があります。三六五+二(367)オリジナルのうつわの制作をお願いしているアツムイ窯は、森岡光男さん・宗彦さん親子が2代で営む陶房。この土地の土を使った生地を、近くの山から出たアカマツの間伐材を薪として利用した、昔ながらの穴窯で焼成するうつわはミニマムにしてダイナミック。安曇野では優れた縄文土器が多数、出土していると聞きましたが、アツムイ窯の焼きものにはどこか縄文土器に通じる力強さを感じます」

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5年に及ぶ自然栽培の試行錯誤を経て4年前に就農したササキシーズ。在来種・固定種を守るため、他品種と自然交配しないよう受粉作業を行い、優良な株の種を採る。

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22年前に開窯したアツムイ窯では自作の穴窯・登り窯で作陶する。釉薬を使わず、1週間以上火入れした焼きものは、窯の温度、薪の灰の具合でさまざまな表情を見せる。

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そのほかにも、山の伏流水を用いて、時期によって異なる品種のワサビを栽培する安曇野のワサビ農家や、国産原料のみを使い、昔ながらの木桶で長期熟成させて味噌と醤油を醸す大久保醸造店がいる。いずれの造り手も、この土地の厳しい自然に寄り添いながら、自然の恵みを最大限に享受してものづくりを続ける生産者たち。そんな彼らの姿勢にインスパイアされ続ける日々だ。

今年グランドオープン予定の三六五+二(367)では、「シェフズテーブル」と題したスペシャルな食体験を今秋から提供する。松本と近隣のエリアで採れた、旬の食材だけを使ったコース仕立てのこちらこそ、クリストファーの真骨頂。郷土料理であるおやきや五平餅を、アメリカ人の視点で現代的にツイストしたアミューズに、ササキシーズの色とりどりの野菜をふんだんに使ったサラダ。4日間かけてじっくり発酵・熟成させたザワークラウト、そして薪火で仕上げる安曇野放牧豚のロースト。それらがアツムイ窯のうつわに盛られてサーブされる。

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その時に手に入る極上の素材だけを用いる「シェフズテーブル」は¥14,000〜(予価)。薪火でグリルした安曇野放牧豚は、甘い脂と安曇野産の新鮮なワサビのぴりりとした辛味が絶妙なバランス。この時期に産地だけで入手できるワサビ葉は醤油漬けに。

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郷土料理をアレンジした「薪の上のアミューズ」。左からスモーキーなリンゴのおやき、有機古代米の五平餅、地元産のキノコのブルスケッタ。

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ササキシーズで見つけた、ノラボウナの菜の花にインスパイアされたサラダは野菜の滋味だけでいただく。低温でじっくりローストした白菜と手ずから仕込んだザワークラウトを合わせて。

「その土地の素材を使い、その土地で調理する、繊細な四季を感じさせる料理」とはクリストファーが考えるローカル・ガストロノミーの定義だが、シェフズテーブルで表現するのは、まさに信州ガストロノミーといえるだろう。

「作物の旬が短いから、生産者たちとコミュニケーションを取りながら、その時の食材ありきでメニューを考えることになるけれど、それこそが、多くの料理人が生産現場に近い地方へ向かう理由だと思う。これからゆっくり時間をかけて生産者に学び、松本の風土や歴史に触れながら、信州の新しい食文化を作っていきたいと思っています」

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松本十帖
Matsumoto Jujo

長野県松本市浅間温泉
tel:0570-001-810
松本本箱 全24室 全室バスタブ付き
¥31,680 ~(1室2名、夕朝食付き)
https://matsumotojujo.com

*「フィガロジャポン」2021年7月号より抜粋

photography: Mitsugu Uehara, editing & text: Ryoko Kuraishi

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