写真・文／甲斐美也子（在香港ジャーナリスト、編集者、コーディネーター）

香港に住んでいると、日本と名前は同じでも内容がかなり違う、伝統的な祭事や慣習に出合うことがよくある。たとえば「中元」といえば、日本ではお盆前に渡すお世話になった方への贈り物だし、お盆といえば先祖の霊を弔うためには墓参りやお供えをするというのが一般的。

一方、香港では旧暦７月15日（2021年は8月22日）が「中元節」という祝日。もともと道教の祭事であり、冥界を司る「地官大帝」の誕生祭りということで、なんと地獄の門が開き、あらゆる霊と悪霊が地上に出てきてしまうという恐ろしいコンセプトになっている。

日本ではおめでたいイメージのお中元も、中元の日にお供えをすると罪を赦されるという信仰から始まったとか。

香港での民間信仰は、道教と仏教が混ざり合っているので、この中元節も仏教行事の「盂蘭節」と一体化していて、ともに地上にやってくる霊を慰める日とされている。なんと英語では「Hungry Ghost Festival」といい、ますます怖さが増す名称となる。ご先祖様にフォーカスした日本と違い、とにかくトラブルや悪運を招きそうな悪霊退散に力を入れているのが特徴だ。

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九龍半島の北部に拡がる新界エリアには、香港が香港になるずっと前からある古い村が多数あり、伝統や慣習を守ることにかけては都会よりもずっと熱心だ。そして「村」という響きから想像ができないほどお金持ちも多い。何しろ昔ながらの地主が多いため、郊外のベッドタウンに高層マンションが建ち、地価が世界最高水準の香港の不動産バブルを経て、億万長者だらけになった村もある。そんなわけで祭事への意気込みも強く、紙人形や祭殿も驚くほど豪華だ。

香港を含む広東の文化圏に伝わる広東オペラも、この中元節で重要な役割を果たす。地上にやってきた悪霊たちにオペラを見せて楽しませれば、悪いことをする暇がなくなるだろうとのことで、初演日はなんと悪霊ご一行様に見てもらう特別公演となっており、無観客で行われる。この行事を「神功戯」と呼ぶそうで、2日目からは誰でも観劇できるようになるが、最前列には悪霊が座るかもしれないので、空けたままにしておく習わしもあるそう。

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もちろん郊外だけではなく、都会にいても中元節らしい風景を見ることができる。スタイリッシュなカフェやショップと並ぶのが、先祖や故人を弔うためのペーパーアイテム専門店。なんとここには、スマホやブランドバッグ、ハイヒールやスニーカーなど、故人が好きだったものを死後も楽しんでもらえるようにと、火葬の際に棺に一緒に入れたり、中元節の際に故人に捧げて焼くための、あらゆるものが揃っているのだ。とても現実的なようで伝統的でもある、香港らしい不思議なバランスがここにはある。

もちろんこのような店には、地上にやってくる悪霊たちを鎮めるためのアイテムもあり、中元節の夜は、それらを道路の隅で燃やしている風景を見かける。この時、地面に残る灰を踏んで靴底に付けたまま家に戻ると、悪運を持ち込むことになるので要注意だとか。中秋節や旧正月のような規模感や華やかさはないけれども、厳かで少しおどろおどろしくもユーモラスな伝統行事を楽しみたい。