Music Sketch

コトリンゴの音楽から紐解く、映画『この世界の片隅に』(前編)

Music Sketch

11月から公開された映画『この世界の片隅に』(監督・脚本:片渕須直)の評判が高く、口コミから広がりロングランになっている。戦争を扱った内容であり、私は普段あまり見に行かないアニメーション映画ということもあってどこか腰が重くなっていたが、映画館に足を運んだところ、目から鱗が落ちたような新鮮さを感じた。とても良かった。サントラを聴き、また観に行った。主人公のすずの声を演じたのんさんはもちろんのこと、コトリンゴさんの音楽の功績は大きいと思い、早速コトリンゴさんに連絡して話を聞いた。

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音楽を担当したコトリンゴさん

私がこの映画に引き込まれたのは白い波のウサギの場面から。私は『Dr.パルサナスの鏡』のように想像力をリスペクトした映画が大好きなので、白い波のうさぎや、「ここに絵の具があればいいのにな」と花火のように彩られて描かれた空爆や、すずさんが妹に人攫いの話を描いているところ、りんさんにスイカの絵を描いているところ、晴美さんに魚を大きく描くように勧めるところなど観ていて、想像力を豊かにする作品だと感じた。想像力とユーモアは友達だと思うし、「ごはんの支度」や「ヤミ市」の楽曲に象徴されるように、それはコトリンゴさんの音楽や性格にも合っていると思った。そしてストーリーが進むにつれて、すずさんの右手が想像力や希望の象徴のようにも思えてきた。音楽は、セミの鳴き声や空襲警報など劇中の音とぶつかることなく棲み分けよく共存していて、CDで聴いても楽曲として成立している。それも素晴らしいと思った。
そして何より作品自体が「この映画からこれを感じ取ってください」と強要するのではなく、お嫁に行った先でのすずさんの日常生活と戦争とを対比させることで、毎日の生活の大切さを丁寧に描き、観客各自の感受性に合わせて柔軟に受け止められるようになっていることに、とても好感を覚えた。

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11月12日の公開からロングランとなっている。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 

■とにかく原作が素晴らしくて、衝撃的だった

—コトリンゴさんが、この作品に携わるようになったきっかけは?

「片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』という映画のエンディング曲として『こどものせかい』という曲を書き下ろしたことが監督さんとの出会いです。その後、カヴァーアルバム『picnic album1』をお渡ししたんです。少し経って、そのアルバムに収録の“『悲しくてやりきれない』を予告編に使っていいですか?”という話をいただいて、その時はその曲が映画本編に使われるかわからなかったんですけど。とにかく原作が素晴らしくて、衝撃的だったんです。すずさんを主人公にした漫画の中に、戦時中の生活をちりばめたかるたが出てきたり、お悩み相談のコーナーがあったり、しかも絵柄が鉛筆で描かれているようなほのぼのした感じで、今までに味わったことのないようなすごい引き込まれ方をしました。それから片渕監督が作るのならと思ってクラウドファンディングにも参加して、何かこの作品の力になれたらいいなと思っていたら、音楽をやらせてもらえることになって」

—作業はどのように進めていったの?

「最初に予告編に使う『悲しくてやりきれない』と『みぎてのうた』に取り掛かりました。『悲しくてやりきれない』は“アレンジをすずさんに合うように書き直したい”と思って録り直しました。他の曲については、タイムコードはついてなかったんですけど、最初にアニメの色付け前の線画と絵コンテブックをもらっていて、絵コンテの番号を見ながら“ここに音楽欲しいです”と、監督さんと打ち合わせをしていきました」

 

映画『この世界の片隅に』予告編

 

■すずさんの前半のワクワク感と、後半のドロドロした感情と

—サウンドトラックでいうと、前半の「デート」までの音使いに対し、「大丈夫かのう」以降の対照的な音使いのにグッとくるものがありました。前半では「周作さん」や「朝のお仕事」の1音違いの不協和音が耳に引っ掛かっていたものの、「あの道」、「良かった」、「左手で描く世界」などでのスーッとした透明感というか、爆弾の光を感じさせるようなキーンという響きというか、ああいう表現がすごく耳に残って。
 

「前半は素の私のままで楽しんで作っていったんですけど、だんだん作業的にもシーン的にも追い詰められてきて、『あの道』とかも、どういう音楽がいいんだろうって、すごい悩んで試行錯誤しながらやった感じです。それまでのすずさんは外の世界も含めて楽しんでワクワクしている感じだったんですけど、どんどんすずさんが内に内に籠ってきちゃう感じがして」

—すずさんの中から湧き出る感情を音楽で表現していくのは大変だったのでは?

「そうですね、大変でした。内面のドロドロした感情をどうやって音楽で表すかというのは、これまでの劇伴の仕事でやったことがなくて。辛い場面に不協和音を合わせるというのが、自分の中でそれでいいのかなというのがあって、ピリピリした感じの音とか、ちょっと何かを感じさせるキンという音とか、またその中でピアノのワッとしたラインが入ったらどうかなっていう、結構全部合わせてみていたので」

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絵を描くことが大好きなすず。このキャラメルが運命の糸に。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 

—音域の棲み分けが綺麗というか、音圧を感じさせない音選びで、琴線というとオーバーなんですけど、コトリンゴさんの基盤となるピアノとストリングスがまずあって、そこに木管だったり、アコーディオンだったり、いろんな音が入ってくるけど、それが心のレイヤーを描いている感じなので鬱陶しくない。若干作画に暗闇の中に白で描いているものがありましたけど、基本絵のテンションは最初から終わりまで同じですよね。それと同じように音楽のテンションも全体を通してそんなに変わらなかったから、すごく自然体でスーッと見られたのかなと思うんです。あそこに重いものがくると、この先見るのが辛くなると思うんですが、音の響きに自然に導かれていった気がしました。

「そう言ってもらえると嬉しいです。すずさんも何が起きたのか処理しきれていない出来事じゃないですか。私も処理しきれてなくて(笑)」

—天皇陛下の玉音放送の時の楽曲が「飛び去る正義」だと思うんですけど、玉音放送も現実、すずさんが感情を露わにしているのも現実、のどかに赤とんぼが飛んでいるもの現実で、そこの場面の音楽が実は一番難しかったのでは?

「難しかったです。とにかく作ってOKもらったんですけど、その後、映像に音を合わせる作業の時に、なるべく自然に音楽がいてくれるようには極力調節しました。(少し考えて)一番すずさんの感情が爆発するところだから、自分なりには考えていて。最後にかぼちゃの花が咲いているところまでシーンが行くんですけど、そこまで音楽を伸ばしてほしいって監督さんに言われて、劇的な音楽に、プラスその普通に“自然界は今まで通り進んでいってるんだよ”っていうところまで伸ばしていないといけなかったから、難しかったですね」

—「飛び去る正義」という曲名もインパクトありますよね。

「これは原作で、“この国から正義が飛び去っていく”と、すずさんが言うのが心に残っていて。映画では言ってないんですけど。タイトルで使わせてもらいました」

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恐ろしい空爆も、すずは想像力で耐えていく。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 

■色も声も入っていない段階で進めた音楽制作

—この映画での音楽は、感情移入しやすくするためのサウンドトラック音楽というより、主人公に寄り添いすぎず、リスナーを映画の中で呼吸しやすく作っている感じがします。自分でも重苦しくならないようにして作っていた感じですか?

「そうかもしれないです」

—本当だったら空襲の時に、今私たちがいるカフェのBGMで流れているようなノイズぽい音を鳴らしてもいいわけで。

「すずさんのフィルターを通した時に、もしくはすずさんに合う音というのを考えた時に、いきなりアヴァンギャルドでエレクトリックな音が流れるのは時代的にもどうなんだろうというのも常に考えていました。“すずさんファースト”だったかもしれない。不協和音でも、徹底的にやったらおどろおどろしいものにできるとは思うんですけど、それが果たして、すずさんにとって、取って付けたような感じになるのが良くないなと思って」

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—そもそもアニメーションも激しくなかったですよね。真っ暗なシーン以外は、『プラトーン』みたいにリアリティを増長させるような視覚効果を狙わず、色彩のトーンもあまり変わらなかった。トーンが変わらなかったことが、コトリンゴさんが音のトーンを変えたくなかったことと一致するのかなと。でも、線画に色が付いたのは、音楽が出来上がった後なんですよね?

「そうですね。色がついているシーンも少しありましたが、だいたいついていない状態でした」

—のんさんの声が入ったのも、音楽の後で?

「はい」

—でも、のんさんの声が入らない状態で音楽を作っているのって、すごく不思議な気がします。彼女の声の感じと、コトリンゴさんの音楽がとても合ってると思うから。声が全くないところで音楽を作る時って、自分の中に想像の声が聞こえてくるの?

「最初自分の声で入れてみたりしたんですけど、難しくて。わかんないし……」

—えっ、コトリンゴさん、一人小芝居をしてたの?

「はい。でもよくわかんないなと思ってやめました(笑)」

後編へ続く

*To be continued

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