オペラ座の伝統行事デフィレ、今年は9月24日!

パリとバレエとオペラ座と。

フランスの新年度は9月。オペラ座も同様で、新シーズン2016~17は9月2日に始まった。開幕公演は、招待カンパニーであるアメリカン・バレエ・シアターの『眠れる森の美女』。8月1日にオーレリー・デュポンがバンジャマン・ミルピエに代わり芸術監督に就任したが、2016~17のプログラムは今年2月に発表されたミルピエによるものである。オペラ座バレエ団による公演は、9月24日に開催されるガラ公演から。この晩、伝統行事のデフィレ(オペラ座の生徒とダンサーの行進)で幕を開ける。オペラ座の現代化と称していろいろと変革を試み、またオペラ座の階級制度に疑問を唱えていたミルピエ。ヒエラルキーの行列ともいえるデフィレではあるが、寄付金集めが目的のガラ公演の呼び物でもあるせいか、さすがの彼も“幸い”これには手をつけなかった。もっとも長年ベルリオーズの「トロワイヤン行進曲」を使っていたところ、彼が芸術監督となった最初のシーズンである2015~16のデフィレでは、音楽をワーグナーの「タンホイザー行進曲」に変えた。いや、正しくは戻したというべきだろう。というのも、デフィレが1926年に初めて行われた時は、この曲だったのだから。もっとも1~2回でデフィレはたち消えとなり、バレエ・マスターだったセルジュ・リファールによって再開されたのは第二次大戦後の1945年。ここでドイツ人作曲家ではなく、フランス人のベルリオーズの曲に変更された。オーレリー・デュポン新監督はワーグナーを維持するか、ベルリオーズに戻すのだろうか。気になるところだ。

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デフィレの最後はこのように舞台上に、学校の生徒とダンサーが並ぶ。photo:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

 

バレエ学校の生徒から団員まで、約250名が舞台上を行進するバレエのデフィレ。音楽の開始と共に舞台奥に横たわっていたひとりの女性徒が身体を起こして観客席に向かってゆっくりと歩き始めると、その後方に白いチュチュの女性徒たちが6名ずつ横並びで続いてゆく。最年長生徒が終わると、次はコール・ド・バレエの女性ダンサーたちが同じように6名並びで行進する。その合間にプルミエール・ダンスーズが2名並びで、そしてエトワールは1名ずつ登場。その後、男子生徒と男性ダンサーたちが女性と同じ要領でデフィレを続けてゆく。男子生徒は白いシャツに黒いタイツ、コール・ド・バレエのダンサーたちは白の上下に黒いチョッキ。そしてソリスト(プルミエ・ダンスールとエトワール)たちは、黒いチョッキなしで全身白の衣装だ。女性は生徒も団員も白のチュチュ。ソリストたちは各自異なるティアラをつけるので見分けがつけやすい。男女ともプルミエ・ダンスールは昇級の新しい順、エトワールは任命の新しい順に舞台を歩く。つまり最後の最後に登場するのは、最古参の男性エトワールということになる。ニコラ・ル・リッシュが引退した2年前から、その大役を担うのは2004年に任命されたマチュー・ガニオ。彼は引退する42歳まで、この後10年間トリを務める。

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エトワールのドロテ・ジルベール。後方、ティアラをつけていないコール・ド・バレエのダンサーが行進。

 

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エトワールのエルヴェ・モロー。後方に黒いチョッキを着たコール・ド・バレエのダンサー姿が見える。

 

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最後に登場する最長エトワールのマチュー・ガニオ。photos:Michel Lidvac

 

踊るわけでもなく、ただ舞台を前方に向かってまっすぐに進むだけなのに、その優美な歩みに会場は拍手を惜しまない。次々と姿を表すダンサーたち。突然明かりの中に登場! という印象があり、まるで魔法のよう。オペラ座の舞台は観客席に向かって下り傾斜している。舞台の奥が一番高く、その後方には日頃は仕切られていて見ることができないが、フォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスと呼ばれるスペースが続く。こちらは観客席と反対側、つまり奥に向かって舞台からの下り傾斜となっている。デフィレのときは仕切りが外され、フォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスが舞台の延長として使われるのだ。低くなった奥からダンサーが歩みを始めるので、観客には彼らが忽然と現れたという感じが生まれるのである。フォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスの壁はゴールドに輝き、天井で煌煌とした明かりを放つシャンデリアは鏡の効果でその眩さを増し……この素晴らしい光景を背にダンサーたちは観客席まで歩く。その距離は合計46メートル!

 

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デフィレの写真と並べてみると、フォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスの使われ方がわかりやすいだろう。photos:Mariko OMURA

 

通常このフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスは、舞台に出る前のダンサーたちがウォーミングアップをする場として使われている。しかし、その昔、このスペースは年間予約の客(アボネ)と女性ダンサーの出会いの場として使われていたのだ。19世紀末に、ドガがオペラ座のバレエをテーマに描いた絵画を思い出してみよう。ペルティエ通り時代のオペラ座のことであるが、舞台の袖に黒い盛装の男性の姿が垣間見える。愛人のダンサーが踊るのをみているのか、あるいは目をかけるダンサーを物色でもしているのか……。この時代の女性ダンサーはこうした存在でもあったのだ。ドガが残した彫刻にインスパイアされた バレエ『ドガの小さな踊り子』にも、黒服の男は登場する。お針子か洗濯女か、と女性がつける職業が限られていた時代の話である。外部の男性の存在をフォワイエから一掃したのは、セルジュ・リファール。彼はそれまで公演中も灯されていたボックス席の明かりを消すことも決め、ダンスを芸術として高めて行くことに腐心した。彼が復活してくれたおかげで、今、私たちはデフィレの美しさに触れることもできるし……。

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天井、壁のいたるところにゴールドの装飾が施されたフォワイエ・ド・ラ・ダンス。オーストリア時代のマリー・アントワネットのダンス教師で、彼女の要請で1775年にオペラ座のバレエマスターに就任したノヴェールの肖像(右)も。

 

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観客席の真下にあたる、1階のロトンド・デザボネ(アボネのロトンド)。現在は閉鎖されているが、この奥に会員専用の入り口があった。photos:Mariko OMURA

 

オペラ・ガルニエの中でのお気に入りの場所としてフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスをあげるダンサーは少なくない。事務所やリハーサル・スタジオなどで構成される舞台裏のスペースの中でも、異例の美しさを誇るのだから納得できる。 壁の上方に掲げられているのは、オペラ座のかつてのダンサーやメートル・ドゥ・バレエなどの肖像画だ。過去の功労者たちに見守られて、ダンサーたちはウォーミングアップに勤しむ、というわけである。このフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンス、ぜひ間近に見てみたいものだが、舞台奥の仕切りの裏側にあるのでオペラ座の有料見学でも見ることができない。従って、デフィレは滅多に見られぬフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスの絢爛豪華な美しさを愛でることのできるチャンスなのでもある。もうひとつのチャンス、それはダンサーの引退公演の最後。シャンデリアの光が背景となり、感動的シーンが美しさを増す瞬間だ。

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今年2月20日、ダンサー仲間に囲まれてオペラ座に別れを告げたバンジャマン・ペッシュ。後方にフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスのシャンデリアが見える。photos:Mariko OMURA

大村真理子 Mariko Omura
madame FIGARO japon パリ支局長

東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏する。フリーエディターとして活動し、2006年より現職。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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