上野にやってきたチュルリョーニス。

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写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回は日本・上野の旅。

上野公園内には芸術関連施設が複数あるので、クラシックコンサート、絵画展など、度々足を運んでいる。名建築を遠くから眺め、中に入って細部の意匠を探るのもひとつの楽しみ方。チュルリョーニス展が開催されている国立西洋美術館は東京で最も身近に接することができるコルビュジエ建築。この度展示を撮影するために訪れ、小学生の頃、初めてこの美術館の建物に対面した時のことを思い出した。東京藝術大学の煉瓦造りの校舎に薄紅の桜が美しく映えていた。上野公園界隈は東京の中で、変わらぬ風景が残る貴重なエリアだ。

上野にやってきたチュルリョーニス。
@東京・上野

3月末の上野といえば、公園内の桜を愛でに来る人々と花見の宴で賑わう様子が目に浮かぶけれど、今年春はひと味違う。リトアニアから国立西洋美術館にチュルリョーニスの絵画の数々がやってきたのだから『チュルリョーニス展 ─内なる星図─』、この展覧会が上野で開かれることをどれだけ心待ちにしたことだう。彼の描いた光や水が、東の端の日本に……そう思うと胸があつくなる。100年以上前にこの世を去ったはずのチュルリョーニスがいまの日本を訪れて上野や根津あたりを散歩しているような気さえしてしまう。彼がこの雨がちな春の桜が狂ったように咲く姿を見たら、何を感じとり何を描いただろう。自分の作品群のすぐ横に北斎の作品群が展示されていることにどれだけ興奮しただろう。14年ほど前、初めて訪れたリトアニアでチュルリョーニスの絵に出合い、心を奪われた。彼の描く世界から大きな問いかけを受け取った。君はこの一枚の宇宙の中に何を見る? 光や風の囁きが聞こえるかい? 絵から問いかけが漂っている。当時美大生だった友人のマリヤの部屋にピンナップされていたポストカードに描かれていた「星のソナタ:アレグロ」には格別の思い入れがある。この絵に見入っている私に「チュルリョーニスは私たちのヒーローだよ」と言ったマリヤ、こんなに今時の女の子にまで愛される世代を超えたアーティストがこの国にはいるのだと感心してしまった。ひとりの人間の表現が世代も国境も超えてゆくなて、こんな素敵なことはない。

リトアニア、ドルスキニンカイのチュルリョーニスが育った家は博物館になっている。部屋の壁に初期の作品群のポストカードがピンナップされていた。
根津のほうまで散歩してみると、路地に立派な水仙が咲いていた。こんな光景をチュルリョーニスならどう描いただろう。花の中に人の顔でも描いたか。

『チュルリョーニス展 内なる星図』公式図録
国立西洋美術館/西洋美術振興財団刊 ¥3,182

Yayoi Arimoto
東京都生まれ。『チュルリョーニス展』に寄せ、写真展『「水は宙を視ている」 ─チュルリョーニスの仕業─』を馬喰町のelävä Ⅱにて開催中。

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。アリタリア航空で乗務員として勤務する中で写真と出会う。2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始。

*「フィガロジャポン」2026年6月号より抜粋