フィガロが選ぶ、今月の5冊 『アメリカーナ』が描く、本当の自分を見つける旅。

Culture 2017.02.13

『アメリカーナ』

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チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳 河出書房新社刊 ¥4,968

 ナイジェリアに生きる10代の少女イフェメルと転校生のオビンゼ。ふたりは出会い、情熱的な恋に落ちる。しかし、運命はふたりをナイジェリアから別々の方向へ導いてしまう。イフェメルをアメリカへ、オビンゼをイギリスへ。
 合衆国で学生生活を始めたイフェメルは、人種をめぐる偽善や、次第に広がるオバマ現象を目にする。そうした人種問題を切れ味鋭い文章にして次々に投稿するうち、彼女は人気ブロガーになっていくが、心にある固い塊は消えることがない。
 一方のオビンゼは、チャンスをつかもうとイギリスでもがく。低所得労働に耐え、ビザのために偽装結婚を試みるも、彼は思わぬ形で帰郷することになる。
 本当の自分はどこにいるのか。多くの出会いと別れを経て、ふたりの人生の形が決まっていくなかで、その問いが逆に重みを増していく。答えを探し求めて、ふたりは故郷でお互いに向き合うことになる。
 ひとつの人生が踏みしめていく一歩一歩を、小説は、ときにはユーモラスに、ときには冷徹に、足音の残響にいたるまで描き切ってみせる。その言葉の波は、いたるところにちりばめられた詩情とともに、読み手の心に大きな感情のうねりを生み出すだろう。
 登場人物の描き方も素晴らしい。とりわけイフェメル。ブログで人種問題に迫る時の歯切れのよさと同時に、自分の人生について確信を持てないもどかしさ。それがひとつの心に同居しているからこそ、彼女の揺れる思いや憤りは、読者自身のものであるかのように響いてくる。
 ナイジェリアから海外へ、そしてまた故郷へ。その旅路は、日本に生きる私たちからは遠いものだろうか。でも、ふたりの旅の最後にたどり着いた時、そんな疑問は吹き飛んでしまう。物語は遠く離れた心と心を響かせ合う。そこにこそ、本当の自分に出会う場所があるのだから。

文/藤井 光(同志社大学文学部英文学科准教授)

1980年、大阪府生まれ。翻訳にテア・オブレヒト著『タイガーズ・ワイフ』、アンソニー・ドーア著『すべての見えない光』(ともに新潮社刊)など。著書に『ターミナルから荒れ地へ』(中央公論新社刊)がある。

*『フィガロジャポン』2017年3月号より抜粋

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