福祉、難民、食品問題。世界の"いま"を見つめる映画。

Culture 2017.02.22

ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したドキュメンタリー『海は燃えている』や多国籍企業の内部告発を扱った『汚れたミルク』など、映画にしかできない形で歴史の“いま”を見据えた秀作が公開。

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“いま”という歴史の切っ先に視線を据えることは映画の大切な役割だ。『海は燃えている』の地中海の美しい島は、アフリカやシリアからの難民を乗せた船が流れ着く最前線。近海のイカを料理するばあちゃんらと食卓を囲み、木漏れ日きらめく森を散策する島の少年の平穏な日常のリズムが、少年の知らない難民たちの、生死の命運を呪い歌うような嗚咽含みの旅語りと陸続きに共鳴している。そう感じさせるこのドキュメンタリー映画の、痛覚に触れる詩情はただごとではない。

『汚れたミルク』のモチーフは、新興国を牛耳る多国籍企業が、不衛生な庶民生活の実情を無視して自社の粉ミルクを売りまくり、乳幼児を死に追いやっていることに義憤を抱いた地元営業マンの内部告発だ。といって、大上段に正義の旗を振るわけじゃない。国家や病院を抱き込んだ企業側の罠に落ちる告発者の人間的弱さも、映画製作撤退のリスクも映画内に塗り込め、鬼才は責任回避し続ける怪物の喉元に蛇のように食らいつく。

心臓を患う『わたしは、ダニエル・ブレイク』のダニエルは、まるで援助の道を絶つための悪い冗談みたいに迂遠な社会保障制度に引き回される。イギリスの“財政健全化”の歪みを冷徹に照らすその対極として、ケン・ローチ監督は彼を若いシングルマザーと出会わせる。出会いは部屋の修理や食料支給の付き添いなど、困窮した相手に彼が無償の情愛を差し向ける名シーンを呼び起こす。口うるさいオヤジが苦労人の柔和さを帯びてゆく。

3つの秀作は高所から大局を見るのではなく、どう転ぶかも知れぬ事件の渦中に自ら身を置き、血の涙を流す人々の波立ちを、かすかな胸の震えまで掴もうとする。

文/後藤岳史(フリーライター)

『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』

12歳のサムエレは、近親が漁師の、ランペドゥーサ島の少年だ。島は風光明媚だが、少年の両親ら壮年世代がいない寂しさも漂う。そして、難民漂着という別の相貌も。記録映画の枠を超え、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。

監督・出演/ジャンフランコ・ロージ
出演/ドナテッラ・パレルモ、セルジュ・ラルー
2016年、イタリア・フランス映画 114分
配給/ビターズ・エンド
Bunkamuraル・シネマほか全国にて公開中

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『わたしは、ダニエル・ブレイク』

59歳の大工ダニエルは心臓発作を起こし、医者から仕事を止められるも国のデジタル式の採点で“就労可能”と判定されてしまう。万策尽きた彼の手書きの履歴書が終幕の伏線に。カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞。

監督/ケン・ローチ
出演/デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
2016年、イギリス・フランス・ベルギー映画 100分
配給/ロングライド
3月18日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開

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『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』

パキスタンの大手グローバル企業の、医者への付け届け当たり前の粉ミルク販売促進がもたらす、ゆゆしき弊害。規範を押しつける態度とは無縁で、告発する者、映画を撮る者の倫理をも問うような重層的な構成がしたたか。

監督・共同脚本/ダニス・タノヴィッチ
出演/イムラン・ハシュミ、ギータンジャリ
2014年、インド・フランス・イギリス映画 90分
配給/ビターズ・エンド
3月4日より、新宿シネマカリテほか全国にて順次公開

*『フィガロジャポン』2017年3月号より抜粋

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