ケイシー・アフレック主演、許されざる罪を背負う男の物語。

Culture 2017.06.06

劇的な瞬間にユーモアと気付きをもたらす、視線の確かさ。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

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便利屋のリーは兄の死の報を受けて帰郷。リー叔父さんを慕う息子の後見人に、との遺書を知るが、故郷には辛すぎる過去が……。ケイシー・アフレックが米アカデミー賞主演男優賞を受賞。

 「瞳は魂を見せる窓」とは誰が言ったか……許されざる罪を背負った男の物語である。ケイシー・アフレックはかすれ気味の声に哀愁が漂う俳優との印象があったが、加えて今作では空洞の瞳に宿るただならぬものに終始引き込まれてしまった。
 マンチェスター・バイ・ザ・シーという港町の閉塞感とどんよりした曇り空、それらをそのまま取り込んだようなケイシー演じるリーの暗い瞳。唐突に差し込まれてくる過去のシーンには別人のようなリーが映る。平凡な幸せを手にしている男の瞳だ。対極な人生を交互に見せ、“何か” がやってくるその時を予感させる。衝撃とも言える、死んでも死に切れないほどの罪が明かされ、さあ、どれほどの不幸空間へ叩き落とされるのかと身構えると、サッと梯子を外された。ケネス・ロナーガン監督は劇的な瞬間ほど静謐に、緻密にユーモアを交え気付きを与えてくれる。監督の視線の、確かな暖かさだ。
 リーとは対照的に、亡き兄の一人息子であるパトリックは、父の死後も涙ひとつ見せずにこれまでの生活を、自由を謳歌する。ただ、それすらも彼が16歳では背負い切れない哀しみから心を守るための幼い武装なのだと気付かされる。いつのまにか、僕らは無慈悲に立ち直ることを求めてしまっている。深い傷や心の痛みに無理にでも向き合い、克服する姿を見ようとしてしまう。希望を見いだすのは、砂漠からひとつの砂粒を掬いとるようなものなのに……たとえ立ち直れなくても、人生は続く。リーの瞳にも、この先、生きていて良かったと思える瞬間が宿るような気がしてならない。

文/李 相日(映画監督)

1999年、日本映画学校卒業制作『青~chong~』で監督デビュー。以後、『フラガール』(2006年)のロングランヒットを経て、『悪人』(10年)『怒り』(16年)でアジアに冠たる凄腕監督に。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
監督・脚本/ケネス・ロナーガン 
出演/ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー
2016年、アメリカ映画 137分
配給/ビターズ・エンド、パルコ
シネスイッチ銀座ほか全国にて公開中
www.manchesterbythesea.jp

*「フィガロジャポン」2017年6月号より抜粋

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