ピアノは玉葱!? 新時代のジャズを追求するロバート・グラスパー(前編)
Music Sketch
ロバート・グラスパーは、間違いなく今の音楽シーンを未来へ向けて強く牽引しているミュージシャンの1人だ。ジャズにR&B、ヒップホップ、ゴスペル、オルタナティヴ・ロックといった要素を取り入れたアルバム『ブラック・レディオ』(2012年)で、第55回グラミー賞ベストR&Bアルバムを受賞。彼はソロ名義のほか、ロバート・グラスパー・エクスペリメントというグループやトリオでも活動し、ジャズ・ピアニスト/プロデューサーとして進化し続けるジャズを発表し続けている。わかりやすいところで言えば、ジャズに馴染みの薄い若者にもニルヴァーナやレディオヘッドの曲をカヴァーするなどしてファン層を広げ、またラッパーのケンドリック・ラマーのアルバムに参加するなど、共演したミュージシャンの幅も広い。日本でもサマーソニックやフジロックフェスティバルといったフェスにも出演している。
最近では映画『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5日間』のラストシーンに、ハービー・ハンコック(キーボード)やウェイン・ショーター(サックス)等と一緒に演奏シーンで登場し、サウンドトラックにもかかわった。また、マイルスのオリジナル音源を元に再創造したというアルバム『エヴリシング・イズ・ビューティフル』を発表後、ロバート・グラスパー・エクスペリメントとしてのアルバムも昨秋に発表。さらに昨年末にはロバート・グラスパー・トリオとして来日した。精力的に活動しているグラスパーにインタビューした。
ロバート・グラスパーはテキサス出身の38歳。その活動の幅も勢いも、とどまるところを知らない。
■丸々2年間をマイルス・デイヴィスに捧げていた
—映画『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5日間』の音楽とアルバム『エヴリシング・イズ・ビューティフル』は同じ時期に制作したのですか?
「そうだね、同じ時期だよ。映画のサウンドトラックに取り掛かってから、『エヴリシング〜』も同時期にスタートさせた。だから自分の人生は丸々2年間をマイルス・デイヴィスに捧げていたんだ」
※映画『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5日間』についてはこちらから
https://madamefigaro.jp/culture/series/music-sketch/161222-cinema.html
—この映画のように、マイルスはこんなにハチャメチャな人だったんですか?
「その通り、マイルスはクレイジーだよ。映画は興味深かった。彼の子供たちや、彼に近い人たち、(映画のプロデューサーでもある)甥のヴィンス・ウィルバーンJr.も言っていたけど、“マイルスだったらあの映画にあったようなことはやっていただろうね”、“あれはマイルスの一部だね”って話していたよ。みんなは彼の音楽ばかり注目するけど、バッドな時もあるしね、それが彼そのものなんだ」
—彼だったら、あれをやりかねないと?
「絶対だね。マイルスはユニークな人物だったから、映画もユニークなものを作らなければつまらない。違った角度からも作れたと思うけれど、マイルスは退屈なことは嫌いだから」
■僕の存在は、ジャズとヒップホップやR&Bとの境界線をなくすためにある
—では、マイルスの音源を使って『エヴリシング・イズ・ビューティフル』を作った時は、どのような気持ちで取り掛かったの?
「マイルスを知らない人に向けて作ろうと思った。それが目的だね。自分にとって、新しいオーディエンスをつけたかったんだ。特にジャズを受け入れていない若い世代に伝えたかった。その一方で、僕の祖母はヒップホップを受け入れていない。というか、その良さがわからないんだ。だからその魅力を双方に伝えたいと思ったんだ」
—その伝道師のようなスタンスは、いつ頃から意識しているのですか?
「僕が地球に登場した時からさ。ジャズとヒップホップやR&Bの架け橋、ジャズとマイルスの架け橋、それが僕がここにいる理由だ。僕は今の世代にいろいろと音楽の魅力を伝えるために生まれてきたと思っていて、ジャズと、ヒップホップやR&Bといった現代の音楽との境界線をなくすために自分が存在しているような気がするんだ。僕はそのへんが得意だから」
■音楽の中でも一番自由で、一番惹きつける力があるのがジャズ
−マイルス・デイヴィスから一番影響を受けたことは何でしょう?
「いつも音楽とフレッシュに関わっていたい。特にジャズにね。音楽の中でも一番自由で、一番惹きつける力があるのがジャズだ。マイルスからは常にフレッシュであり続け、前進し続けることを学んだ。マイルスにとって、動いていないことは死を意味していたからね」
—マイルスの凄さに気づいたのはいつ頃ですか?
「たぶんハイスクールの、15歳の頃かな。教会音楽に夢中になって演奏するようになって、すぐにジャズに目覚めたんだ。何か新しかったんだ。そして、いつもいろんなものをミックスして新しいサウンドを楽しんでいた。マイルスで最初に聴いたテープは『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』。彼がマイケル・ジャクソンの『ヒューマン・ネイチャー』やシンディー・ローパーの『タイム・アフター・タイム』を演奏している作品。僕はマイケルもシンディも好きだったから、“おぉ、すごい!ジャズでやってるよ、カッコイイ!”って思ったんだ。
—それは、あなたがニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」を演奏した時に、今の若者が感じた感覚と同じですよね?
「その通りだね」
■ピアノは玉葱みたいなもの。主要楽器にもフレイバーにもなれる
—音楽キャリアでいうと、最初はドラムをやって、それからピアノに移ったそうですが、なぜピアノの方が面白いと思ったのですか?
「わからない。7〜9歳の時に2年ほどドラムを叩いていたけど、スポーツをやりたかったからやめたんだ。ピアノは12歳から始めた。プロのシンガーだった母親が弾いていたから、僕にもピアノの血が流れていたんだろうね、身につくのが早かったんだ。ラジオから流れてくる音楽を弾いていたら、母親が“すごいわ!”って喜んでくれて、それで習うようになった」
—クラシックの世界では、ピアノは88の鍵盤を使ってオーケストラの作曲ができてしまう楽器でもあるんですが、ジャズにとってのピアノとはどういう存在なんでしょう??
「ピアノは玉葱みたいなものだね」
—ユニオンじゃなくて、オニオン?
「笑。そうだよ。ものすごく強い楽器だと思う。主要な楽器にもなり得るし、ほんのちょっと付け加えるフレイバーとしての楽器にもなれる。だからその時の必要性に応じて、ピアノは添えられたりすると思うけど、主要楽器なんだよね」
—私は野菜の中で一番好きなのが玉葱なんです。料理はしますか?
「いや、食べるだけだよ(笑)」
2016年12月18日にブルーノート東京で行われたロバート・グラスパー・トリオのライヴの2ndステージの模様。DJが参加しているのも彼らしい。Photo by Tsuneo Koga
マイルスのオリジナル音源を元に再創造したという、ロバート・グラスパーのアルバム『エヴリシング・イズ・ビューティフル』。ゲストもスティービー・ワンダーやエリカ・バドゥ、ハイエイタス・カイヨーテ、キングなど豪華。
続きは後編で。
*To Be Continued