陶芸作家、細野仁美が形づくる美しい草木や花々。
インタビュー
ベースの上で、草が踊り、花が浮き立ち、そして会話する――ロンドンで活躍する陶芸作家の細野仁美の作品を目の前にすると、まずその繊細さに息を飲む。そしてできるだけ細部まで顔を近づけ、美しくかたどられた花々や葉の一つ一つに目を凝らさずにはいられない。
有機的な美しさを持つ細野の作品。花びら、葉の一枚一枚が生きているような表情を見せる。
緻密で繊細に形づくられた花々。
イギリスを代表する陶磁器メーカー、ウェッジウッド。この伝統あるブランドが昨年、日本人陶芸作家・細野仁美のジャスパーコレクション「ウェッジウッド by ヒトミ・ホソノ コレクション」を発表したことは、イギリスのアート&デザイン界で大きなニュースとなった。「ジャスパー」とは、ウェッジウッドの創始者ジョサイア・ウェッジウッドが開発したストーンウェア(炻器)のひとつ。古代ギリシャ・ローマをテーマにした装飾で知られるシリーズだ。細野ならではの解釈で生まれた特別なコレクションがついに9月から日本でも発売される。
「ウェッジウッド by ヒトミ・ホソノ コレクション」の一部。
細野はデザインするにあたって、260年もの歴史を持つウェッジウッドのモールド(型)がすべて保存されているアーカイブから、自身のインスピレーションを喚起するものを探し出す作業から始めた。そしてその型を使って、淡い色合いのベースに細かな細工を施した作品を作り出した。
ストーク・オン・トレントにある「ワールド・オブ・ウェッジウッド」のミュージアムに保管されたジャスパー作品の数々。
ジャスパーで作られたカメオ。小さなフレームの中に、古代の物語が繊細に描かれている。(「ワールド・オブ・ウェッジウッド」のミュージアムより)
「創業時代からの型が保存されている『モールド・チャンバー』に入らせてもらい、素直に『素敵だな』と思う草木や花の型を選びました。古い型のパターンを使い、でも私の手で新しいウェッジウッドの作品を生み出せたらいいなと」
白いジャスパーで作られた、古いカメオの試作陶片。「ワールド・オブ・ウェッジウッド」のミュージアムに大切に保管されている。
ウェッジウッドの話をしている時、細野の顔はほころび、そしてまるで言葉があふれ出すように早口になる。
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細野とウェッジウッドの出合い。
細野のジャスパーコレクションが生まれたのは、2017~18年に彼女がウェッジウッドのアーティスト・イン・レジデンス(AIR)に選ばれたことがきっかけだ。
「実はAIRに選ばれる前、まだロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の修士課程で学んでいた08年に、ウェッジウッドで約1カ月半インターンをした経験があります。その時ジャスパー・スプリック(枝や葉などの装飾模様)の制作工程を見て感銘を受けました。一つ一つが職人の卓越した技術で作られることを知り、大きな影響を受けました。私は自分の作品に、ずっとジャスパーとの繋がりを感じていました。ですからAIRの誘いはまるで夢のようなオファーでした。本当にうれしくて、すぐに『やりたいです!』と返事をしたんです」
AIRを行うにあたり「ヒトミ・ホソノのジャスパーコレクションを作ってほしい」というオファーを受け、制作に取りかかった細野。彼女のアイデアを伝統ある「ジャスパー」作品のひとつとして完成させることができたのは、ウェッジウッドが培ってきた職人の技術、そしてチームの力であったと細野は力を込めて語る。
「ウェッジウッド by ヒトミ・ホソノ コレクション」より、「Kasumi(花霞) Vase」(世界限定5ピース、H23.5cm、9/4日発売)¥2,160,000
小花が皿の上にふわりと浮いているように見える「Haruka(陽花) Bowl」(世界限定5ピース、 Φ29cm、9/4発売 )¥1,404,000
たとえば「Kasumi(花霞) Vase」や「Haruka(陽花) Bowl」では、小花をびっしりと重ねたり、ふわりと浮くように配置している。花をただ並べて貼り付けるのではなく、自然界にある花のように、風に揺れ、各々が咲きたい場所で咲き乱れる様子を表現するにはどうしたらよいのか? また、これまでのジャスパーにはない繊細で淡い色を使いたいけれど、そんな色を作り出すことができるのか? 職人たちとたくさんのテストピースを作り、実験と工夫を重ねることで、彼女のこだわりとアイデアが作品として実現した。
ジョサイア・ウェッジウッドがジャスパーの色を実験した焼成片(1770~74年頃)。努力と研究の結果から、美しい作品が生み出される。
「難しいことが本当にたくさんありました。でもそこで諦めるのではなくて、みんなに相談することで解決策を一緒に編み出してもらったんです。普段私はひとりでスタジオにこもって作業しているのですが、ウェッジウッドでの仕事は『チームって素晴らしい』と思える経験でした」
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日本からデンマーク、そしてイギリスへ。
美濃焼の産地のほど近く、岐阜県可児市出身の細野。タイル職人をしていた祖父の仕事を見て育ち、子どもの頃から陶磁器や手作業が身近な存在だったそう。工業高校ではデザイン科に進学し、金沢美術工芸大学で陶芸を専攻。その後1年間、デンマーク王立芸術アカデミーのデザイン・スクール(コペンハーゲン)に留学。デンマークでは主に大量生産製品のデザインについて学んだ。デザインを学ぶうち、「自分の手を動かして作品を作りたい」という思いが募り、デンマークからイギリス・ロンドンに移り、RCAの修士課程で陶芸を学んだ。
ロンドンのアトリエにて制作に取り組む細野。
細野のアトリエに積み上げられたモールド。
2009年にRCAを卒業後、ロンドンを拠点に陶芸作家として活動開始。びっしりと細かい細工がほどこされた一点もののアートピースを中心に制作。「Collect」や「Masterpiece」といった世界に名だたるアートフェアでの展示を重ね、世界中にコレクターを増やしてきた。
細野の作品「松の木」。
彼女の作品は大英博物館やヴィクトリア&アルバート博物館など、世界最高峰のミュージアムに所蔵されている。また今年のクリスティーズで開催されたオークション「Reshaped - Ceramics Through Time」では、パブロ・ピカソの絵皿などとともに作品がオークションで販売された。
作品「花の箱」。
陶芸作家として活動を始めてたった10年。信じられないスピードで活躍の場を広げる彼女。インタビューの最中、終始周りを気遣い、笑顔を絶やさず、素直な言葉で語ってくれた。
「技術がついてくるようになると、やれることが増えていくんです」――まぶしい活躍は、彼女が土を捏ね、考え、悩み、時間をかけて作り出した作品によるもの。すべて彼女の手から生まれ、その過程を積み重ねたからこそいまがあることを語る言葉だ。
細野が愛用している道具。陶芸用の道具ではないものも多く、使いやすく手になじむよう、工夫しているそう。
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作品が持つ「生命力」。
彼女の作品の多くが自然をモチーフにしている。細密画のように草や花が密集して装飾された作品を見ていると、そこから根や葉がむくりと盛り上がり、伸び続けるのではないか、という錯覚を覚えるほどだ。制作中の作品を「生きているように感じる」と自身も語るように、植物の息吹、そして生命が持つ凄みが漂う。
花部分は別に作り、粘土を濡らしながらベース部分に付けていく。
「ロンドンで自由に制作ができること、また海外にいるのであまり社会的プレッシャーを感じることなく制作に専念できることはとてもうれしいです。いま40歳ですが、年齢のことなど、ここにいると誰も何も言わないですから(笑)」
そんな本音も聞かせてくれた彼女。都会にいながらも豊かな自然を感じられるロンドンの生活も気に入っているとのこと。家からスタジオまで毎日少し遠回りし、わざわざ公園を通って通勤しているそう。道すがらに触れあう自然から、たくさんのインスピレーションを得ている。
細野の制作ノート。窯の温度や各プロセス、その結果が細かく書かれている。経験の蓄積が、新たな作品の礎となる。
「以前は朝7時から23時まで、一日中制作に打ち込んでいた時期もあったんです。でもだんだんと手が動かなくなってきて。作品も同じようなものが多くなってきたと感じました。いまは朝8時にスタジオに来て、18時には帰宅するようにしています。そして週末は仕事を休み、公園やお城を見に行ったりしています。そういう時間も大切なんだな、とわかりました」
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日本人である自分、作品の中の日本。
これまで作品の展示や所蔵先は欧米が中心だったものの、少しずつ日本での展示や活動も増えている。遠く離れていても、日本で過ごした子ども時代の記憶や日本人である感性は、彼女とともにあり続けている。
「子どもの頃に道端で見た草木や、ドライフラワーを作っていた母が大好きだった花。松の木や菊など、私の中の『日本』は、作品の中に生きています」
「制作活動は、植物や花びらに実際に触れた手の記憶を土に吹き込む作業」と語る。
どこまでも謙虚に、そして地に足のついた言葉で語っていた細野。しかし焼きしめられた陶器からいまにも動き出しそうな草木や花々は、その輝きを饒舌に語っている。
匂い立つような美しさに後ろ髪を引かれつつ、スタジオを後にした。
1978年生まれ。岐阜県出身。金沢美術工芸大学卒業後、2005~06年、デンマーク王立芸術アカデミーに留学。その後イギリスに移り、07~09年、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで陶芸を学ぶ。現在は、ロンドンを拠点に制作活動を行っている。
会期:
9/4~9/10 日本橋三越本店 本館5階 ウェッジウッドショップ
9/13~9/16 岩田屋本店 新館6階 ウェッジウッドショップ
10/2~10/6 レクサスインターナショナルギャラリー青山
10/9~10/15 阪急うめだ本店 7階 ウェッジウッドショップ
photos:YAYOI ARIMOTO, texte et interview:HANAKO MIYATA