チェット・ベイカーとマイルス・デイヴィスを主役にした映画2本
Music Sketch
昨今、これだけミュージシャンのドキュメンタリー映画が増えてくると、名を馳せたミュージシャンを主人公にしたフィクション映画の見方が難しい。ノンフィクション、フィクションのどちらにおいても監督の主観や私情が強く入ったカート・コバーン作品の数々は別扱いするとしても、どれも脚本や編集によって見え方が大きく変わってくる。とはいっても、役者が演じることからして当然フィクションであり、新たな映画作品として味わった方がいい。ある種、原作を読まずして、映画を見るといった感覚だ。
■チェット・ベイカーを描いた『ブルーに生まれついて』
評判が良く、11月末の公開から上映が続いているチェット・ベイカーを取り上げた『ブルーに生まれついて』(監督&脚本:ロバート・バドロー)。イーサン・ホークが研究尽くしたという名演で、ジャズ界のジェームス・ディーンと言われた人気トランペッターになりきっている。どうしようもない男ながら、甘えん坊で天真爛漫で憎めない面もあり、繊細な心を持っているからこそできる魅力的な演奏。そこにハマってしまったら、男だって女だって彼から目を離せなくなる。そのチェット・ベイカーを演じるには、私はイーサン・ホークが昔から好きだったことも加味しつつ(笑)、十分すぎるほど適役だったと思う。
実際にトランペットを演奏するイーサン・ホーク
黒人ミュージシャンが主流だった1950年代のジャズシーンに現れた白人の彼は、当時マイルス・デイヴィスを凌ぐほどの人気を誇っていた。その構図もわかりやすく象徴されている。自意識が強く、常に自分の立ち位置を計算していたかのような帝王マイルス・デイヴィスに対し、端正なルックスも含め、あるがままの飄々としたヒップスターのチェット・ベイカー。2人は何につけても対照的な存在だったように思える。だからこそ、マイルスには彼の存在が面白くなかったわけだが。
■丁寧な男女の描き方で、ラヴストーリーとしても魅了する
ただ、実際のチェット・ベイカーは音楽やドラッグに浸かるだけでなく、女性関係も複雑だったようだ。なので、終盤での“自分の表現を取るか、それとも恋愛を取るか”というラヴストーリーの絡ませ方によって、全体的に綺麗すぎる印象を受けた。でも、だからこそジャズに関心のない人でも、この映画に引き込まれ、チェット・ベイカーに魅せられやすくできたのかな、と思う。娯楽として楽しめる映画作品に、こういう引き出しは重要だ。特にこの作品は、ドラッグ中毒に陥ってから見事に音楽シーンに復活する1973年までを描いている。ゆえにラヴストーリーの映画として捉えられるほど、彼を支えた女性として描かれているジェーン役のカメルン・イジョゴの演技も光っているのだ。
(写真右)献身的なジェーンを魅力的に演じるカメルン・イジョゴ
そして、サウンドトラック盤を聴いて驚いた。チェット・ベイカーの演奏は1曲も入っていない。映画同様にイーサン・ホークの歌や演奏でその世界観に引き込みつつ、カナダ出身のピアニスト、デヴィッド・ブレイド率いるカルテットの面々で丹念に演奏されている。そこのクール感も上手いなぁと思わせた。
サウンドトラック『ブルーに生まれついて』
監督・脚本:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホーク、カルメン・イジョゴ、カラム・キース・レニー
サウンドトラック:ワーナーミュージック・ジャパン
配給:ポニーキャニオン
2015年/アメリカ・カナダ・イギリス合作映画
上映時間:97分
©2015 BTB Blue Productions Ltd and BTBB Productions SPV Limited.ALL RIGHTS RESERVED.
Bunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿他にて全国ロードショー中
http://borntobeblue.jp/
■斬新な発想の『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5日間』
一方、『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5日間』には唖然とした。その想定外の内容に、試写を観た直後から誰かと会うたびに話題にすることになった。マイルスが創作活動を休止していた1975年からの空白の5年間をモチーフにしたもので、いわゆる伝記映画とは発想からして異なる作風だからだ。
この映画に全身全霊を注いだドン・チードル
マイルスの熱狂的ファンである俳優ドン・チードル(『青いドレスの女』や『ホテル・ルワンダ』等に出演)が監督・製作・共同脚本・主演を担当した作品で、ユアン・マクレガー演じる音楽ジャーナリストとやりとりを繰り広げる中で、貴重な録音テープを巡って、銃を撃ち合ったり、カーチェイスをしたり、というドタバタ劇に近い展開だ。よく遺族がOKしたと思ったら(偉人の映画を作る場合、遺族の許可を取るのが一番難儀なケースが多い)、ミュージシャンとしてマイルスと共演したこともあった甥ヴィンス・ウィルバーンJr.がプロデューサーに名を連ねていた。資料によると、ウィルバーンJr.曰く、「伝記映画を作る話は2006年から持ち上がり、虚構と現実が入り混じった脚本を読んで興奮してしまい、製作資金をクラウドファンディングで集めるなどして、10年がかりで完成させた」とのこと。
(写真右)マイルスにつきまとうジャーナリスト役のユアン・マクレガー
■退屈さを嫌うマイルスの精神をリスペクトした作風
正直、観終えた後は、「こういう映画もアリなんだ〜!」と思ったが、逆にこういう発想で映画を作れてしまうというのが羨ましくもあった。自宅の地下室のセッションなど、実際にあったエピソードも挟んで楽しませてくれる一方で、過去と現在を行き来していく展開は私にはフラッシュバック的な混乱を生み出しやすかった。でも、それもマイルス効果なのだろう。破天荒なマイルスになりきったドン・チードルが演じるからこそ、妄想とも言えるエンターテインメント作品で愉しめるし、初の劇場映画の監督作品でこれだけ思い切ったことができるのも痛快だろう。
映画のラストには、新世代のジャズ界を牽引するロバート・グラスパーが、ハービー・ハンコック(キーボード)やウェイン・ショーター(サックス)といった大御所から、今をときめく気鋭のミュージシャン、アントニオ・サンチェス(ドラム)、エスペランサ・スポルディング(ベース)などを集めた演奏シーンが登場する。そして、その大変豪華な顔ぶれの中央にいるのは、マイルスになりきったドン・チードルである。
さらに、映画のサウンドトラック『マイルス・アヘッド』にはマイルスやロバート・グラスパー等の演奏が収められているが、そこにも映画で使われたドン・チードルによるセリフや会話が挟み込まれている。フィクションだったはずのシーンが真実のように思えてしまう徹底ぶりだ。
サウンドトラック『マイルス・アヘッド』
この19日にロバート・グラスパーにインタビューする機会を得たので、この映画についても話を聞いてきた。当時グラスパーは、このサントラの他に、マイルス・デイヴィスのオリジナル音源を元に再創造したというアルバム『エヴリシング・イズ・ビューティフル』(傑作!)も同時に制作していて、2年間まるまるマイルスに捧げていたという。
「マイルスは本当にクレイジーなんだ。マイルスの甥のヴィンスも言っていたけど、マイルスだったらあの映画にあったようなことはやっていただろうね。マイルスは退屈なことは嫌いだし、とにかくユニークな人物だから、映画もユニークなものを作らなければつまらないしね」と、映画の内容に全く驚かず、マイルスだったらやりかねないと、楽しんで観たそうだ。
マイルスの自宅など、リアルに再現されているそう
監督・主演・脚本・製作:ドン・チードル
出演:ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルデイ
音楽:ロバート・グラスパー
配給: ソニー・ピクチャズ エンタテインメント
2015年/アメリカ映画
上映時間:101分
PG-12
12月23日(祝・金)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
www.miles-ahead.jp
著名ミュージシャンや時代を作ったシンガーを主役しにた映画の中にドラッグが出てきやすいことについては何とも言い難いが、この2つの作品に関わらず、数多のミュージシャンを取材してきた身としては、ミュージシャンは一つの人種として括りたくなるほど、ユニークで不思議な魅力を持った人が多い。なかでも「ジャズメンはかっこいい」と昔から言われてきたのがわかる最新映画が、『ブルーに生まれついて』と、破天荒ぶりも楽しめる『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5日間』。おそらく来年2月公開の映画『ラ・ラ・ランド』(デイミアン・チャゼル監督『セッション』)からもジャズはさらに注目されていくような気がする。ロバート・グラスパーのインタビューも後日アップするので、お楽しみにしていただければ。
*To be continued