齊藤工 活動寫眞館・拾玖 イッセー尾形。
「齊藤工 活動寫眞館」について
俳優、斎藤工。そして、映画監督、齊藤工。表舞台であらゆる「人物」を演じ、裏方にまわり物語をクリエイトしていく。齊藤工がいま見つめるものとは、何か。彼自身がシャッターを切り、選び出す。モノクロームの世界に広がる、「生きた時間」を公開していきます。今回は、齊藤がずっと尊敬していたというイッセー尾形が登場。
さまざまな世代の人が行き交う、神田神保町の古書店街。
待ち合わせ場所は、映画・演劇専門の古書店である矢口書店。齊藤は先に到着し、近辺のロケハンを済ませていた。
「幼少の頃から、両親は日本の演劇や芸能、芸術の"本物"と思うモノに私を触れさせてくれていました。そんな両親は尾形さんの大ファンでした。
私は当時から尾形さんに"厳格"さを感じていました。それは外に対してではなく、極めし者が自分自身に向ける厳しさです。
海外の方たちもイッセー尾形という存在を高く評価していて、そんな日本のレジェンドのような方と同時代に、たまたま同じ表現の世界に入ってきてしまった。最も影響を受けるべき先輩としていつかお会いしたいという願望とともに、対面するのがちょっと怖いような気持ちもありました。自分自身の真実ではない部分が露わにされてしまうんだろうなと」
こう話す齊藤は、尾形と2019年3月公開の『ソローキンの見た桜』に出演しているが、共演シーンはなかったため、この日が初対面。「初めまして」と握手を交わした。
海外にいる時には、神保町に戻ってきたいと思うほどこの街が好きだという尾形。自宅は本でいっぱいなのだそう。ノーベル文学賞を受賞した哲学者、アンリ・ベルクソンの著作を見つけて手に取り、「ほう、ベルクソンが600円で買える」とつぶやいた。
矢口書店の店内で、帳場に座って撮影するのはどうかとの齊藤の提案に、尾形がチャーミングな笑顔で応じる。そして隣に座っていた店主のお嬢さんに、「舞台を観るの?」「どんなのが好き?」と穏やかに話しかける。
「私に対しても、舞台もやるの?という話から始めてくださって。下の世代も含めて、人が興味を持っていることに敏感で好奇心が強いと思いました。ベルクソンの時間の理論ではないけれど、演劇は日常の延長にあるものと捉えているからこそ、尾形さんの紡がれる時間はすべて生きた時間になっていく」
場所を移し、パリのブキニストを彷彿とさせる屋外に本が並ぶ一角で撮影をした後、尾形がたびたび訪れるという1904年創業の原書専門店、田村書店へ。神保町の大通りを並んで歩きながら、ふたりはさまざまな話をしたようだ。
「尾形さんが過去の偉人を演じる時に見据えているのは、その過去の天才にとっての“いま”。その“いま”を詰め込んだものが名書や名画、古典になっていく。古いものがアップデートされて“いま”があるのではなく、それがいつ書かれたのかという時間の概念以上に、中身の濃度と精度のようなものをすごく直感的に尾形さんはキャッチされていると思いました。私も最近の映画や演劇は観ますが、やはり残っているものにかなわない、というのはどこかであるんです。
それはすでに過去にやっているから、というだけではなく、その当時の空気感が、もしかしたらいまよりももっとプラトニックでディープだった、もっと美しかったと思うんです。そういう時代から僕らは前進しているけれど、進みながらも過去が深くなっていくというか。そういった捉え方をされているから、尾形さんの表現は普遍的であり、世界中の人たちを唸らせるんだろうなと感じて、すごく感銘を受けました」
撮影が終わり、尾形に感想を尋ねた。
「いつの間にか気配を消していなくなっちゃう。カメラマンの正体がない、いちばん理想的な撮影者だよね」
この言葉を聞いた齊藤は、こう語る。
「初めて会った人間にカメラを構えられたら、普通は違和感を覚えると思いますが、“気配を消す”ことができたとすれば、それは私がリラックスして撮影できる状況に尾形さんが導いてくださったから。シャッターを押しながら、必然的な絵が切り取られていく瞬間が幾度もあって、それは私が構図を決めているというより、その空間を尾形さんが演出してくださっていた。愛と深さのようなものを痛感しました。
今日の時間は何層にもなっていて、ひとことでは言い表せないような体験をさせていただきました。襟を正しながらも、どこかすごくラフな自分でもあったというか。意図的にその状態に持っていけるものではないんです。尾形さんにお会いして、同じ時間を共有できたことはとても意味があると思いますし、5年後、10年後の自分の養分になっていくと思います」
奇しくも史実を題材にした物語『ソローキンの見た桜』で違う時代に生きた人物を演じた尾形と齊藤が、時空を超える書物の街で出会った。この日、この場所で撮影されたポートレートのように、刺激的でいて穏やかなこのひとときは鮮度を保ったまま、ふたりの間に存在し続けるのかもしれない。
福岡県出身。1971年に演劇活動を始める。80年からスタートした一人芝居の舞台をはじめ映画、ドラマ、ラジオ、ナレーション、CMなど幅広く活動。マーティン・スコセッシ監督『沈黙-サイレンス-』(2016年)の演技は国内外で絶賛される。18年より、文豪の作品を演じる一人芝居「妄ソー劇場」を開始。19年1月27日に福岡県サン・グレートみやこで「妄ソーセキ劇場」、4月4日〜7日に大阪近鉄アート館で「妄ソー劇場 文豪シリーズその2」日替わりプラス1を上演。3月22日より出演作『ソローキンの見た桜』が公開。http://issey-ogata-yesis.com
TAKUMI SAITOH
移動映画館プロジェクト「cinéma bird」主宰。監督作『blank13』(18年)が国内外の映画祭で8冠獲得。12月、パリ・ルーヴルでのアート展『SALON DES BEAUX ARTS 2018』にて写真作品『守破離』が銅賞を受賞。企画・プロデュース・主演を務める『MANRIKI』が19年に公開予定。www.b-b-h.jp/actor/saitohtakumi